人材紹介の事業売却での税金対策とM&A戦略|売り方で税率が変わります!
人材紹介事業の売却をご検討中の経営者様へ。事業売却では多額の税金が発生し、手元に残る金額は税金対策とM&Aスキームの選び方で大きく変わります。
本記事では、事業売却益にかかる法人税・所得税・消費税の種類と全体像を解説。特に、株式譲渡と事業譲渡のどちらを選ぶかで税率が変動する具体的な理由と、売却価格を最大化するための税金対策、M&Aプロセスにおける税務上の注意点まで網羅的に解説します。最適な売却戦略で、手元に残るキャッシュを最大化しましょう。
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編集者の紹介
株式会社M&A PMI AGENT
代表取締役 日下部 興靖
上場企業のグループ会社の取締役を4社経験。M&A・PMI業務・経営再建業務などを10年経験し、多くの企業の業績改善を行ったM&A・PMIの専門家。3か月の経営支援にて期首予算比で売上1.8倍、利益5倍などの実績を持つ。
1. 人材紹介事業売却の検討と税金の重要性
人材紹介事業の売却は、経営者やオーナーにとって、これまでの努力の集大成であり、新たな人生のスタートラインに立つための重要な決断です。特に、売却によって得られる最終的な手残り、すなわち「創業者利益」を最大化するためには、M&Aのプロセス全体における税金に関する深い理解と、戦略的な税金対策が不可欠となります。
本章では、なぜ今、多くの方が人材紹介事業の売却を検討しているのか、その背景と目的を深掘りします。さらに、M&A取引において税金知識がいかに重要であるかを具体的に解説し、今後の各章で詳述する税金の種類や税率、M&Aスキーム選択の重要性への導入とします。
1.1 人材紹介事業売却の背景と目的近年、人材紹介業界は目まぐるしい変化の渦中にあり、多くの経営者が事業売却を真剣に検討するようになっています。業界の競争激化、テクノロジーの進化によるDX(デジタルトランスフォーメーション)の必要性、働き方改革や労働市場の変化に伴う法改正への対応など、事業を取り巻く環境は常に変化し続けています。
このような外部環境の変化に加え、経営者自身のライフステージの変化も、事業売却を後押しする大きな要因です。特に、高齢化が進む中小企業の経営者の間では、後継者不足が深刻な問題となっており、事業承継の手段としてM&Aが注目されています。人材紹介事業の売却を検討する主な背景と目的は、以下の通りです。
背景・目的 | 詳細 |
---|---|
事業承継問題の解決 | 後継者がいない場合、M&Aを通じて事業を次世代へ引き継ぎ、従業員の雇用や取引先との関係を維持する。 |
創業者利益の実現 | 長年培ってきた事業の価値を現金化し、個人の資産形成や引退後の生活資金、新たな事業への投資に充てる。 |
事業の選択と集中 | 複数の事業を展開している場合、非中核事業や成長が見込みにくい事業を売却し、収益性の高い中核事業に経営資源を集中させる。 |
個人保証・担保の解除 | 経営者が背負っている借入金の個人保証や不動産担保を解除し、精神的・経済的な負担から解放される。 |
事業のさらなる成長 | 自社だけでは達成が難しい規模の拡大や新規市場への参入を、買い手企業の経営資源やノウハウを活用して実現する。 |
新たな挑戦への転換 | 売却によって得た資金と時間を活用し、全く新しい分野での起業や、これまで挑戦できなかった趣味などに時間を費やす。 |
これらの目的を明確にすることで、M&A戦略の方向性が定まり、最適な売却スキームの選択や、それに伴う税金対策の立案が可能となります。
1.2 M&Aにおける税金知識の必要性人材紹介事業のM&Aにおいて、税金に関する知識は、単なる手続き上の義務ではなく、売却の成功と最終的な手残りを大きく左右する極めて重要な要素です。M&Aのプロセス全体を通じて、税金がどのように関わってくるかを理解しておくことは、売却を検討する経営者にとって不可欠な知識と言えます。
税金知識が不足していると、予期せぬ多額の税金が発生し、当初見込んでいた売却益が大幅に減少してしまう可能性があります。
例えば、M&Aスキーム(株式譲渡、事業譲渡など)の選択一つで、課税される税金の種類、税率、納税義務者が大きく異なり、最終的な手残りに決定的な影響を与えます。適切なスキームを選択し、合法的な税金対策を講じることで、手残りを最大化することが可能になります。
また、税金に関する知識は、買い手との交渉を有利に進める上でも役立ちます。買い手側もM&Aの税務上のメリット・デメリットを考慮して企業価値評価や条件交渉を行います。売り手側が税務に関する深い理解を示すことで、より建設的な議論が可能となり、双方にとって納得のいく取引条件を導き出すことに繋がります。
さらに、M&A後の税務申告や納税手続きを円滑に進めるためにも、事前の税金知識は欠かせません。税理士やM&Aアドバイザーといった専門家と連携する際も、基本的な税金知識があれば、彼らのアドバイスをより深く理解し、最適な意思決定を下すことができるでしょう。
このように、人材紹介事業の売却を成功させ、経営者自身の利益を最大化するためには、M&Aにおける税金知識の習得が不可欠であり、本記事ではその詳細を網羅的に解説していきます。
【関連】人材紹介会社のためのM&A仲介選び方|失敗しない比較ポイントと成功事例2. 人材紹介事業売却でかかる税金の種類と全体像
人材紹介事業の売却を検討する際、最も重要な要素の一つが税金です。事業売却によって発生する利益には様々な種類の税金が課され、その全体像を理解しておくことは、適切な売却戦略を立てる上で不可欠となります。ここでは、事業売却によって誰に、どのような税金が課されるのか、その基本構造と種類について詳しく解説します。
2.1 事業売却益にかかる税金の基本人材紹介事業の売却によって得られる利益は「事業売却益」と呼ばれ、この利益に対して税金が課されます。M&Aにおける税金は、大きく分けて「法人に課される税金」と「株主個人に課される税金」の二段階で発生する可能性があるのが特徴です。
売却スキーム(株式譲渡か事業譲渡か)によって、税金が課される主体や税率、課税のタイミングが大きく異なります。そのため、事業売却益にかかる税金の全体像を把握し、自身のケースに最適なスキームを選択することが、手残り金額を最大化するための重要なポイントとなります。
2.2 法人に課される税金事業売却が「事業譲渡」の形式で行われた場合、売却益はまず売却元である法人に帰属し、法人に対して税金が課されます。また、特定の資産の売却には消費税も関わってきます。
2.2.1 法人税と消費税事業譲渡によって法人が資産や事業を売却し、売却益(譲渡益)が発生した場合、その利益は法人の益金として計上されます。
この益金は、他の収益や損金と合算され、最終的な所得に対して「法人税」「地方法人税」「法人住民税」「法人事業税」といった法人税等が課されます。法人税等の税率は、法人の所得金額や所在地によって異なりますが、一般的に25%〜35%程度が目安となります。
消費税については、事業譲渡において課税対象となる資産の譲渡には消費税が課されます。例えば、事業用固定資産(建物、機械装置、車両運搬具など)や棚卸資産(未収入金や未回収の債権を除く)の売却代金には消費税が上乗せされます。一方で、土地や有価証券、債権などの譲渡は消費税の非課税取引とされています。
2.2.2 事業売却における消費税の取り扱い人材紹介事業の売却において、消費税の取り扱いは売却スキームによって大きく異なります。特に、事業譲渡と株式譲渡では、消費税の課税関係が決定的に違うため、注意が必要です。
売却スキーム | 消費税の課税対象 | 詳細 |
---|---|---|
事業譲渡 | 課税対象となる資産の譲渡 |
事業用固定資産(建物、機械装置、車両運搬具など)、棚卸資産(人材紹介事業における顧客リストやノウハウの一部も含む場合がある)の譲渡には消費税が課されます。 ただし、土地、有価証券(株式など)、債権の譲渡は非課税取引です。 |
株式譲渡 | 非課税 |
株式の譲渡は、消費税法上「有価証券の譲渡」に該当するため、消費税は課されません。 買い手側は消費税を支払う必要がなく、売り手側も消費税を納める必要がないため、この点で株式譲渡は事業譲渡に比べてシンプルです。 |
このように、事業譲渡では買い手側が消費税を負担し、売り手側がそれを納税する義務が生じるのに対し、株式譲渡では消費税が発生しない点が大きな違いとなります。この違いは、売却価格の交渉や最終的な手残り金額に影響を与えるため、事前に理解しておく必要があります。
2.3 株主個人に課される税金事業売却が「株式譲渡」の形式で行われた場合、売却益は法人の株主個人に直接帰属し、株主個人に対して税金が課されます。また、事業譲渡の場合でも、法人が得た利益が最終的に株主個人に配当や役員報酬として分配される際に、個人の所得として課税されます。
2.3.1 譲渡所得にかかる所得税と住民税株式譲渡によって人材紹介事業を売却した場合、株主個人が得る売却益は「株式等の譲渡所得」として課税されます。この譲渡所得は、他の所得(給与所得や事業所得など)とは合算されず、分離して課税される「申告分離課税」の対象となります。
株式等の譲渡所得にかかる税率は、所得税が15%、住民税が5%です。これに加えて、2037年までは復興特別所得税として所得税額の2.1%が加算されるため、合計で20.315%(所得税15% × 1.021 + 住民税5%)の税率が適用されます。
この税率は、所得の金額に関わらず一律であり、高額な売却益を得た場合でも税率が上昇しない点が大きな特徴です。確定申告を通じて納税手続きを行います。
2.3.2 M&A税率の基本構造人材紹介事業のM&Aにおける税率の基本構造は、前述の通り、選択するスキームによって大きく異なります。ここでは、株式譲渡と事業譲渡における税率の基本的な違いをまとめます。
項目 | 株式譲渡 | 事業譲渡 |
---|---|---|
課税主体 | 株主個人 | 法人、その後株主個人(二段階課税の可能性) |
課税対象 | 株式の譲渡益 | 法人の事業譲渡益、その後個人の配当所得や役員報酬 |
税率 |
約20.315%(所得税15%+復興特別所得税0.315%+住民税5%) ※申告分離課税 |
法人税等:約25%〜35%(法人の所得による) 個人所得税等:配当や役員報酬として個人に分配される場合、個人の所得税・住民税(総合課税)が適用され、所得に応じて税率が変動(最大約55%)。 |
消費税 | 非課税 | 課税対象資産の譲渡には課税 |
株式譲渡は、株主個人に一律約20%の分離課税が適用されるため、税率がシンプルで予測しやすいというメリットがあります。
一方、事業譲渡は、まず法人に法人税等が課され、その後、法人が得た利益を株主個人に配当や役員報酬として分配する際に、再び個人の所得税等が課される「二段階課税」となる可能性があります。この二段階課税により、最終的な手取り額が株式譲渡に比べて少なくなるケースが多いです。
したがって、売却を検討する際は、この税率構造の違いを十分に理解し、自身の事業規模や財務状況、そして売却後の計画に合わせて最適なスキームを選択することが極めて重要となります。
【関連】人材紹介会社M&Aの適正相場とは?買収価格決定要因と売却成功の秘訣3. 売り方で税率が変わる!主要なM&Aスキームと税金
人材紹介事業の売却を検討する際、最終的に手元に残る金額に大きな影響を与えるのが、M&Aスキーム(手法)の選択です。どの「売り方」を選ぶかによって、課される税金の種類や税率が大きく異なり、結果として手取り額に数千万円、場合によっては億単位の差が生じることもあります。
ここでは、人材紹介事業の売却で主に用いられる「株式譲渡」と「事業譲渡」という二つのM&Aスキームに焦点を当て、それぞれの税務上の特徴と、売り方によって税率がどのように変わるのかを詳しく解説します。
株式譲渡とは、売り手である株主が保有する会社の株式を、買い手に譲渡することで経営権を移転するM&A手法です。人材紹介会社の場合、会社そのものの所有権が移るため、会社が保有する人材、顧客情報、ノウハウ、そして有料職業紹介事業許可などの許認可も包括的に買い手に引き継がれるのが一般的です。
税務上の最大のメリットは、売り手(株主個人)にかかる税金が「譲渡所得」として扱われる点にあります。この譲渡所得は、給与所得や事業所得などの他の所得とは合算されない「分離課税」が適用されます。
また、株式の譲渡そのものには消費税がかからないため、消費税の納税義務も発生しません。これにより、事業売却益に対する税負担を抑え、手取り額を最大化しやすいという特徴があります。
株式譲渡によって得られた所得は「譲渡所得」として、以下の税率が適用されます。
- 所得税:15.315%(復興特別所得税を含む)
- 住民税:5%
合計すると、譲渡所得に対して一律20.315%の税率が課されます。この税率は、個人の給与所得などにかかる所得税の累進課税(最大45%)と比較して非常に低い水準にあり、人材紹介事業の売却における大きな魅力となります。
譲渡所得の計算方法は以下の通りです。
譲渡所得 = 譲渡価額 - (取得費 + 譲渡費用)
「取得費」は、売却する株式を取得した際の価格を指します。上場企業のように市場で売買される株式とは異なり、非上場の事業会社の株式の場合、創業時の出資額や増資時の払込金額がこれに該当します。
「譲渡費用」は、M&A仲介会社への手数料、税理士や弁護士への報酬など、売却にかかった直接的な費用を指します。これらの費用を差し引いた金額に対して、20.315%の税金が課されることになります。
事業譲渡とは、会社が保有する事業の一部または全部を、個別の資産(人材、顧客リスト、オフィス設備、債権など)や負債として買い手に譲渡するM&A手法です。人材紹介事業の場合、会社自体は存続し、その中の人材紹介部門だけを切り離して売却するイメージです。例えば、人材紹介事業と人材派遣事業を兼業している会社が、人材紹介事業のみを売却するケースなどがこれに該当します。
事業譲渡の税務上の最大のデメリットは、「二重課税」のリスクがあることです。まず、事業売却によって得られた利益は、売り手である法人に帰属するため、法人税(実効税率約29%~34%)が課されます。
さらに、法人に残った売却益を株主が受け取る場合(配当として受け取る、または会社を清算する際など)には、株主個人に対して所得税や住民税が再度課税されるため、全体の手取り額が大きく減少する可能性があります。
また、事業譲渡は個別の資産や契約を移転するため、手続きが複雑になりがちです。人材紹介事業特有の有料職業紹介事業許可についても、買い手が新たに取得し直すか、承継手続きが必要となる場合があり、その手間や時間も考慮に入れる必要があります。
3.2.2 法人税と消費税への影響事業譲渡では、以下の税金が課されます。
- 法人税: 事業売却益は法人の益金となり、法人税が課されます。法人の規模や所得によって実効税率は異なりますが、概ね約29%~34%程度です。この法人税は、売却益から売却にかかった費用(M&A仲介手数料など)を差し引いた課税所得に対して計算されます。
- 消費税: 譲渡される資産のうち、消費税の課税対象となるものには消費税が課されます。具体的には、建物、車両、機械設備、営業権(のれん代)、顧客リストなどがこれに該当します。人材紹介事業の場合、特に「のれん代」(会社のブランド力、顧客基盤、優秀な人材、独自のノウハウなど、貸借対照表には計上されない超過収益力)が高く評価されることがありますが、こののれん代にも消費税が課税される点に注意が必要です。一方で、土地や有価証券(株式など)、債権の譲渡は消費税の非課税取引となります。
消費税は買い手から受け取ったものを納税するため、売り手法人の手元に残るわけではありませんが、売却価格に消費税分を上乗せして買い手に請求する必要があります。買い手にとっては、消費税の負担が増える要因となります。
以下の表で、株式譲渡と事業譲渡の税務上の主な違いを比較します。
項目 | 株式譲渡 | 事業譲渡 |
---|---|---|
課税対象者 | 株主個人 | 売り手法人 |
主な税金 | 譲渡所得税(所得税・住民税) | 法人税、消費税 (株主への配当・清算時に個人課税) |
税率(概算) | 20.315%(分離課税) | 法人税:約29%~34%(実効税率) +消費税(課税対象資産) +株主への個人課税(二重課税) |
二重課税リスク | なし | あり |
消費税 | 非課税 | 課税対象資産には課税 |
手続きの複雑さ | 比較的簡便 | 個別の資産・負債・契約移転が必要なため複雑 |
人材紹介事業の売却において、どのM&Aスキームを選択するかは、単に税率の低い方を選ぶという単純な話ではありません。最終的に手元に残る金額を最大化するためには、売却価格と税率のバランスを総合的に考慮する必要があります。
一般的に、売り手側から見れば、税率が低い株式譲渡が有利となるケースが多いです。しかし、事業譲渡には、売り手が特定の負債やリスクを切り離せる、買い手が個別の資産を時価で取得し減価償却できるなど、それぞれにメリット・デメリットが存在します。
例えば、会社全体ではなく特定の事業部門だけを売却したい場合や、買い手側が既存の法人に潜む偶発債務リスクを避けたいと考える場合は、事業譲渡が選択されることもあります。人材紹介事業特有の資産(顧客リストや登録者情報など)の評価方法も、スキーム選択に影響を与えることがあります。
M&Aは売り手と買い手の双方の合意によって成立します。そのため、買い手側の税務上のメリット・デメリットも理解し、交渉材料とすることが重要です。買い手側がどのスキームを希望するかによって、売却価格の交渉にも影響が出ることがあります。
- 株式譲渡の買い手側のメリット・デメリット:
- メリット: 既存の繰越欠損金(過去の赤字)を引き継げる可能性があり、将来の利益と相殺して税負担を軽減できる場合があります。手続きが比較的簡便で、既存の許認可(有料職業紹介事業許可など)も原則として引き継がれます。
- デメリット: 簿外債務や偶発債務など、過去の会社の負債やリスクを全て引き継ぐ可能性があるため、詳細なデューデリジェンス(企業調査)が不可欠です。
- 事業譲渡の買い手側のメリット・デメリット:
- メリット: 取得した資産を時価で計上し、減価償却費として損金算入できるため、将来の税負担を軽減できます。特に「のれん代」も償却可能であるため、節税効果が期待できます。不要な資産や負債を引き継がずに済むため、リスクを限定できます。
- デメリット: 消費税の負担が発生します。個別の資産や契約の移転手続きが煩雑で、人材紹介業許可の再取得や承継が必要となる場合があるため、事業開始までに時間を要することがあります。
これらの双方の視点を踏まえ、M&Aアドバイザーや税理士と綿密に相談し、最も合理的なスキームを選択することが、円滑な事業売却と税金対策の成功に繋がります。売り手にとって税務上有利なスキームであっても、買い手にとって不利であれば交渉が難航する可能性があるため、両者のニーズを擦り合わせることが重要です。
【関連】人材紹介会社の売却価格はいくら?適正な算定方法と高値売却の秘訣を徹底解説4. 人材紹介事業売却における具体的な税金対策
人材紹介事業の売却を成功させるためには、売却価格を最大化するだけでなく、手元に残る金額、すなわち「手残り」をいかに増やすかが重要な課題となります。そのためには、売却に伴って発生する税金を適切に理解し、効果的な税金対策を講じることが不可欠です。
適切な税金対策は、売却後の資金計画に大きな影響を与えるだけでなく、税務リスクを回避し、スムーズなM&Aを実現するためにも欠かせません。
事業売却の準備段階から税務の専門家と連携し、事前に適切な対策を講じることで、売却益にかかる税金を合法的に抑えることが可能です。ここでは、売却前に検討すべき具体的な税金対策について解説します。
4.1.1 役員退職金による節税効果事業売却と同時に経営者が会社を退職する場合、役員退職金を支給することで節税効果が期待できます。役員退職金は、法人にとっては損金として計上できるため、法人税の課税所得を圧縮し、法人税の負担を軽減する効果があります。
一方、退職金を受け取る個人にとっても、通常の給与所得や事業所得とは異なり、「退職所得」として優遇された税制が適用されます。
退職所得は分離課税の対象となり、他の所得と合算されずに税額が計算されるため、累進課税による税率上昇の影響を受けにくいのが特徴です。さらに、長年の勤続年数に応じた「退職所得控除」が適用され、控除後の金額の2分の1が課税対象となるため、実質的な税負担を大幅に軽減できる可能性があります。
ただし、過度に高額な退職金は税務上損金として認められない「不相当に高額な役員退職金」とみなされるリスクがあるため、功績倍率法などを用いて適正額を算定し、株主総会の決議を経て支給することが重要です。
4.1.2 繰越欠損金の活用と税金過去の事業年度で発生した赤字(税務上の繰越欠損金)がある場合、事業売却によって生じた売却益(課税所得)と相殺することで、法人税の負担を軽減することが可能です。この繰越欠損金は、発生から一定期間(原則として10年間)にわたって繰り越すことが認められています。
例えば、人材紹介事業の売却によって多額の売却益が発生した場合でも、過去の繰越欠損金があれば、その範囲内で売却益が相殺され、法人税の課税対象額が減少します。
ただし、繰越欠損金の適用には、法人税法上の要件を満たす必要があり、特にM&Aにおいては、特定支配関係の発生に伴う繰越欠損金の利用制限(特定同族会社の繰越欠損金の制限など)に注意が必要です。税務デューデリジェンスの段階で、繰越欠損金の正確な金額と適用可否を詳細に確認することが求められます。
事業売却に先立ち、売却対象となる事業資産を見直し、整理・圧縮を行うことも税金対策の一つとなり得ます。具体的には、事業に直接関係のない資産や、含み益の大きい資産を事前に売却することで、売却益の発生時期や金額をコントロールする戦略です。
例えば、含み損を抱えている有価証券や不動産などを売却益が発生するタイミングで処分することで、その売却損と売却益を相殺し、課税所得を圧縮できる可能性があります。また、不要な資産を売却することで、企業の財務体質を改善し、企業価値評価を高める効果も期待できます。
さらに、役員貸付金など、会社から役員個人への貸付金がある場合は、売却前にこれを整理・解消しておくことが推奨されます。これにより、M&A後のトラブルを避け、また、売却後の税務処理を簡素化することができます。
4.2 M&Aスキーム選択による税金対策人材紹介事業の売却においては、選択するM&Aスキームによって税金の種類や税率が大きく異なります。売主側の税負担を最小限に抑えるためには、適切なスキームを選択することが極めて重要です。
スキーム | 売主にかかる主な税金 | 税率(概算) | 税務上の特徴 |
---|---|---|---|
株式譲渡 | 株主個人:譲渡所得税(所得税・住民税) | 所得税・住民税:一律約20% |
|
事業譲渡 |
法人:法人税、消費税 株主個人:配当所得税など(法人が清算・分配する場合) |
法人税:約23.2%(中小企業は軽減税率あり) 消費税:10%(課税対象資産に対して) 所得税・住民税:累進課税(最大約55%) |
|
上記のように、売主側の税金対策という観点からは、一般的に「株式譲渡」が最も有利なスキームとされています。株式譲渡では、会社そのものの所有権が移動するため、売主である株主個人に譲渡所得税(所得税・住民税)が一律約20%の税率で課されるのみで、法人税や消費税は発生しません。これにより、売却後の手残りを最大化しやすいというメリットがあります。
一方、「事業譲渡」の場合、会社が事業資産を個別に売却する形式となるため、売却益に対して法人税が課され、さらに課税対象となる資産には消費税も発生します。
その後、売却益を会社から株主個人に分配する際には、配当所得として所得税・住民税が課されるため、法人と個人の二重課税が発生し、結果的に売主側の税負担が重くなる傾向があります。
ただし、事業譲渡は買い手側にとって税務上のメリット(資産の減価償却費計上や不要な負債の引き継ぎ回避など)があるため、交渉の過程でどちらのスキームが選択されるかは、双方のメリット・デメリットを総合的に勘案して決定されます。
人材紹介事業の売却においては、直接的な税金対策以外にも、特定の状況下で利用できる税制優遇措置が存在する場合があります。これらの制度は、売却の形態や目的によって適用可否が異なりますが、検討の価値はあります。
例えば、事業承継税制(特例事業承継税制)は、中小企業の事業承継を円滑に進めるために設けられた制度であり、親族内承継や従業員承継において、非上場株式の贈与や相続にかかる納税が猶予・免除されるものです。
これは、第三者へのM&Aによる売却とは直接的な関係はありませんが、M&Aを検討する中で、事業承継の選択肢の一つとして、税制上の優遇があることを知っておくことは重要です。
また、M&A後の企業統合や再編において、特定の要件を満たす組織再編税制(合併、会社分割、現物出資など)が適用される場合、課税の繰り延べや優遇措置を受けられる可能性があります。
これは主に買い手側の税務メリットとなることが多いですが、売却後のグループ再編を見据えたM&Aの場合には、売主側もこれらの税制を理解しておくことで、交渉を有利に進められる可能性があります。
税制は頻繁に改正されるため、常に最新の情報を確認し、税務の専門家と密に連携しながら、自身のケースに最適な税金対策を講じることが、成功する人材紹介事業売却の鍵となります。
【関連】人材紹介の会社売却を成功に導くM&A戦略と注意点5. M&Aプロセスと税務上の注意点
人材紹介事業の売却におけるM&Aプロセスは、単なる交渉や契約締結だけでなく、税務上の細部にわたる検討が不可欠です。適切な税務対応は、売却後の手取り額を最大化し、将来的なリスクを回避するために極めて重要となります。ここでは、M&Aの各段階で特に注意すべき税務上のポイントを詳しく解説します。
5.1 企業価値評価と税務デューデリジェンスM&Aの初期段階で実施される企業価値評価と税務デューデリジェンス(税務DD)は、売却価格の決定と潜在的な税務リスクの特定において中心的な役割を果たします。これらのプロセスを適切に進めることが、スムーズなM&A取引と売却後の安心につながります。
5.1.1 適正な企業価値評価の重要性企業価値評価は、売却対象となる人材紹介事業の公正な価値を算定するプロセスであり、M&Aの交渉における売却価格の根拠となります。この評価には、事業の収益性、将来性、保有資産だけでなく、税務上の要素も大きく影響します。
例えば、繰越欠損金の有無は将来の課税所得を圧縮する効果があるため、企業価値を高める要因となり得ます。また、帳簿上の資産と時価との間に大きな乖離がある場合、特に事業譲渡スキームを選択した際には、売却益の算出や消費税の課税対象額に影響を与える可能性があります。
人材紹介事業の場合、顧客リスト、登録人材データベース、独自のノウハウといった無形資産の評価も重要ですが、これらの評価額が税務上どのように扱われるかについても事前に確認が必要です。
適正な企業価値評価は、売り手にとっての適正な売却価格を導き出すだけでなく、買い手側にとってもM&A後の税務上の負担を予測し、投資判断の精度を高める上で不可欠です。
5.1.2 税務デューデリジェンスで確認すべきポイント税務デューデリジェンスは、買い手が売り手企業の税務状況を詳細に調査し、潜在的な税務リスクや過去の申告誤り、未払い税金などを洗い出すプロセスです。この調査によって特定されたリスクは、売却価格の調整や契約書における補償条項の交渉材料となります。
人材紹介事業の売却における税務デューデリジェンスでは、特に以下のポイントが確認されます。
確認項目 | 具体的な内容と税務上の注意点 |
---|---|
過去の税務申告状況 | 法人税、消費税、源泉所得税、事業所税などの申告書、決算書、勘定科目内訳明細書を確認し、申告内容の正確性や未払い税金の有無を検証します。特に、人材紹介業特有の消費税の課税区分(課税売上、非課税売上、不課税売上)の適正性は重要です。 |
税務調査の有無と結果 | 過去の税務調査の履歴、指摘事項、追徴課税の有無を確認します。未解決の税務問題や再発リスクがないかを確認します。 |
繰越欠損金の有無と利用可能性 | 繰越欠損金がある場合、その金額、発生年度、利用期限、適用要件(特に組織再編税制における引継ぎ要件など)を確認し、将来の課税所得との相殺可能性を評価します。 |
固定資産・無形資産の評価 | 固定資産の取得価額、減価償却の適正性、簿価と時価の乖離を確認します。人材紹介業における顧客リストやノウハウなどの無形資産の評価額が税務上どのように計上されているか、減損の兆候がないかも確認します。 |
役員報酬・退職金・従業員給与 | 役員報酬の損金算入要件の充足、過大役員報酬の有無、役員退職金の適正性、従業員給与の源泉徴収・年末調整の適正性を確認します。業務委託契約が多い場合、外注費と給与の区分が適切であるかも重要な確認事項です。 |
引当金・債務の適正性 | 貸倒引当金、退職給付引当金などの計上基準や金額の適正性を確認します。未払費用や偶発債務など、将来的に税務上の負担となり得る債務がないかも調査します。 |
タックスプランニング | 過去に実施された税金対策やスキームが税務上適切であったか、将来的にリスクを抱えていないかを確認します。 |
これらの確認を通じて、売り手は自社の税務状況を客観的に把握し、買い手との交渉に臨むことができます。買い手は、M&A後の税務リスクを事前に把握し、売却価格や契約条件に反映させることで、予期せぬ税務負担を回避することが可能になります。
5.2 売買契約書における税務条項M&Aの売買契約書には、税務に関する様々な条項が盛り込まれます。これらの条項は、売り手と買い手の双方の権利と義務を明確にし、M&A後に発生しうる税務上のトラブルを未然に防ぐための重要な役割を果たします。
主な税務条項としては、以下のものが挙げられます。
- 税務に関する表明保証条項: 売り手が、対象会社の税務申告が適正に行われていること、未払い税金や税務上の紛争がないことなどを保証する条項です。この保証が事実と異なる場合、売り手は買い手に対して損害賠償責任を負う可能性があります。
- 補償条項(インデムニティ条項): 表明保証違反や、M&A実行日以前に発生した税務リスク(例えば、過去の税務調査による追徴課税など)がM&A後に顕在化した場合に、売り手が買い手に対してその損害を補償する範囲や上限を定めます。この条項は、買い手のM&A後の税務リスクを軽減するために非常に重要です。
- 税務協力条項: M&A後に発生する税務申告や税務調査において、売り手と買い手が互いに必要な情報提供や協力を行うことを義務付ける条項です。
- 税務費用の分担条項: M&A取引に関連して発生する登録免許税、印紙税、不動産取得税などの税金や、M&Aアドバイザリー費用などの専門家報酬の負担割合を定めます。特に事業譲渡の場合、消費税の取り扱いについても、誰が納税義務を負い、どのように精算するかを明確にする必要があります。
これらの税務条項は、M&Aスキーム(株式譲渡か事業譲渡か)やデューデリジェンスの結果を踏まえ、弁護士や税理士と連携しながら慎重に交渉し、作成することが不可欠です。
5.3 売却後の税務申告と納税手続きM&Aが実行された後も、売り手には適切な税務申告と納税手続きが求められます。手続きを怠ったり、誤った申告を行ったりすると、後から追徴課税や加算税が発生するリスクがあるため、細心の注意が必要です。
売却スキームによって、税務申告の主体と内容が異なります。
- 株式譲渡の場合(個人株主):
株式譲渡により得た所得は「譲渡所得」に区分され、他の所得とは合算せずに分離して課税されます(申告分離課税)。税率は所得税15.315%(復興特別所得税を含む)と住民税5%の合計20.315%です。売却を行った翌年の確定申告期間(通常2月16日から3月15日まで)に、所轄の税務署へ確定申告書を提出し、納税する必要があります。
特定口座(源泉徴収あり)を利用している場合は、原則として確定申告は不要ですが、複数の証券会社で取引がある場合や、損益通算を行いたい場合は確定申告が必要です。
- 事業譲渡の場合(法人):
事業譲渡により得た譲渡益は、法人の益金として計上され、通常の法人税の課税対象となります。法人税、法人住民税、法人事業税が課されます。譲渡益が発生した事業年度の決算確定後、法人税申告書を所轄の税務署へ提出し、納税します。
また、事業譲渡においては、原則として譲渡資産(土地、建物、機械設備、営業権など)に消費税が課税されます。売り手である法人は、買い手から受け取った消費税を、消費税の申告期限までに税務署へ納付する必要があります。消費税の納税義務者である場合は、課税売上高に応じて消費税の申告・納税が必要です。
事業譲渡後、法人を解散・清算する場合、清算手続きにおいても税務申告(解散確定申告、清算確定申告など)が必要となります。
売却後の資金使途についても、税務上の影響を考慮する必要があります。例えば、売却益を個人の資産運用に充てる場合や、新たな事業に再投資する場合など、それぞれの選択肢に応じた税務上の注意点や優遇措置がないか、事前に税理士と相談することが賢明です。
M&Aの税務は複雑であり、個別の状況によって適用される税法や手続きが異なります。売却を検討する段階から、税理士やM&Aアドバイザーといった専門家と密に連携し、適切なアドバイスを受けることが、トラブルなくM&Aを成功させ、売却後の手取り額を最大化するための鍵となります。
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人材紹介事業の売却において、税金対策はM&A成功の鍵です。重要なのは、選択する「売り方」(M&Aスキーム)によって、課される税金の種類や「税率」が大きく変わる点です。特に、個人株主が売却する「株式譲渡」は譲渡所得として分離課税され、比較的低い税率で済むメリットがある一方、「事業譲渡」は法人税や消費税など、より複雑な税務が絡む可能性があります。
売却益を最大化するためには、売却前の役員退職金活用や繰越欠損金の活用、M&Aプロセスでの税務デューデリジェンスも不可欠です。人材紹介事業のM&Aを検討する際は、必ず税理士やM&Aアドバイザーといった専門家と連携し、自社に最適な税務戦略を立案することが、円滑かつ有利な事業売却を実現する確実な道です。