SES事業譲渡の注意点|契約承継・従業員同意・労務を確認

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公開日:2024年10月18日最終更新日:2026年10月7日
SES事業の事業譲渡では、雇用契約も顧客契約も自動的には引き継がれません。エンジニアの離職や客先契約の終了を防ぎ、譲渡手続きを安全に進めるための法的実務と対応策を体系的に解説します。
1. SES事業譲渡の注意点とは?株式譲渡や会社分割との違いSES(システムエンジニアリングサービス)事業の事業譲渡を検討する際、最初につまずきやすいのがM&Aスキームごとの法的性質の違いです。株式譲渡や会社分割とは異なり、事業譲渡は個別の権利義務を一つずつ移管する特定承継にあたります。そのため、従業員の労働契約や顧客との商務契約が自動的に引き継がれることはありません。
1-1. 包括承継と特定承継における契約引き継ぎの根本差M&Aにおける権利義務の移転方法は、包括承継と特定承継の2種類に大別されます。株式譲渡や会社分割などの包括承継では、会社の権利義務や組織上のポジションが法律上そのまま新会社に移転します。一方で事業譲渡は特定承継であり、譲渡対象となる財産、債権債務、契約関係を個別に特定して移転手続きを行わなければなりません。
項目 | 株式譲渡 | 会社分割(吸収分割) | 事業譲渡 |
|---|---|---|---|
承継の形態 | 包括承継 | 包括承継(組織再編) | 特定承継 |
労働契約の移転 | 自動継続(雇用主変更なし) | 労働契約承継法に基づき承継 | 原則失効・新会社で個別に再締結 |
従業員の同意 | 不要 | 原則不要(異議申出制度あり) | 必須(民法625条1項) |
取引先契約の移転 | 自動継続 | 原則として包括承継 | 個別の巻き直し・承諾取得が必要 |
上記のように、事業譲渡では既存の労働契約や取引先との契約が自動的に引き継がれるわけではありません。売主・買主間での合意に加え、相手方(従業員や取引先)からの個別の同意手続きが必須となる点が構造的な特徴です。
1-2. 準委任契約や客先常駐特有の顧客承認と再委託手続きSES事業の売上基盤は、顧客との間で締結されている準委任契約(または請負契約)に基づいています。事業譲渡によって事業主体が変わる場合、顧客との基本契約および個別契約の契約当事者を旧会社から新会社へ変更する手続きが必要です。
顧客企業によっては、契約主体の変更を単なる名義変更とみなさず、新規の法人の口座開設や与信審査を要求するケースがあります。さらに、SES基本契約内に「再委託の禁止」や「事前承認なき権利義務の譲渡禁止」が規定されている場合、譲渡前に顧客から書面による事前承諾を得なければ、契約違反として契約を解除されるリスクが生じます。
1-3. COC条項や秘密保持契約がもたらす取引中断リスク大手IT企業やSaaS事業者との取引基本契約には、チェンジ・オブ・コントロール条項(COC条項)が含まれていることがあります。これは株主構成や事業支配権に変更があった場合に通知や承諾を求める条項ですが、事業譲渡においては権利義務の譲渡禁止条項が直接的に関与します。
また、過渡期において旧会社のエンジニアを一時的に新会社の案件へアサインする運用をとる場合、秘密保持契約(NDA)や個人情報保護法における「第三者提供」の制限に抵触する恐れがあります。顧客の承諾を得ずに要員を切り替えた場合、損害賠償請求や取引停止へ発展する可能性があるため、契約関係の整理はクロージング前の必須タスクとなります。
2. SES事業譲渡で従業員同意と契約承継を進める実務手順
SES事業の価値は、現場で稼働するエンジニアや営業スタッフという「人」そのものに依存しています。従業員の承継手続きを誤ると、キーパーソンの離職や労務トラブルを引き起こし、事業譲渡そのものが形骸化する恐れがあります。
2-1. 民法625条に基づく個別同意の必須性と真意の確認方法事業譲渡において労働契約を新会社に移転させる際、民法625条1項(使用者の権利の譲渡の制限)が適用されます。同条により、使用者は労働者の承諾を得なければその権利を第三者に譲り渡すことができないため、全対象従業員からの個別同意の取得が法的な必須条件となります。
同意取得の実務では、単に同意書に署名捺印させるだけでは不十分です。圧迫的な面談や説明不足のままサインさせた場合、後から「真意に基づく同意ではなかった」として同意の無効を主張されるリスクが残ります。書面には、新会社の名称、就業場所、業務内容、給与条件、有給休暇や退職金の取り扱いを明記し、検討期間を設けたうえで回収することが求められます。
2-2. 転籍と出向および再雇用の特徴比較と最適な移行設計従業員を譲渡先企業へ移管する手法には、「転籍」「出向」「退職後の再雇用」の3つの選択肢があります。自社の組織状態や従業員の心理的抵抗感に応じて、最適なスキームを選択する必要があります。
転籍(原則的スキーム):旧会社との労働契約を合意解約し、新会社と新規労働契約を締結する。完全に雇用主が切り替わるため、最も一般的な手法。
在籍出向(緩やかな移行):旧会社に籍を置いたまま、新会社で業務に従事させる。環境変化への心理的ハードルが低いが、出向協定の締結や指揮命令権・給与負担の整理が必要。
一旦退職後の再雇用:旧会社を自己都合または会社都合退職し、新会社が選考のうえ再雇用する。条件を完全に一新できるが、不採用者の残留問題や不利益変更としての紛争リスクが高い。
エンジニアの反発を回避しスムーズに移行を進めるためには、まずは「転籍」をベースとしつつ、心理的拒絶が強いキーパーソンに対しては一時的な「在籍出向」を経由して段階的に転籍へ切り替える移行スキームが有効です。
2-3. 労使協議や説明会を通じた過半数代表者との合意形成法的義務である個人の同意取得に先立ち、組織としての合意形成を図るプロセスが不可欠です。厚生労働省の指針においても、事業譲渡に際しては労働組合や労働者の過半数代表者と事前に協議することが推奨されています。
情報漏洩や現場の混乱を防ぐため、事前の情報開示時期は厳密にコントロールしなければなりません。最終契約締結後に、過半数代表者への事前協議、全体説明会の実施、個別面談の順番でアプローチを進めるのが鉄則です。説明会では事業譲渡の目的と譲受企業の概要を明確に示し、労働条件が大きく悪化しないことを客観的データとともに提示します。
2-4. 同意を拒否された場合の残留対応と配置転換の法規限界丁寧なプロセスを踏んだとしても、一定割合の従業員が新会社への転籍同意を拒否するケースが発生します。転籍に同意しない従業員を、事業譲渡だけを理由に解雇することは労働契約法16条(解雇権濫用の法理)により固く禁じられています。
転籍拒否者に対しては、自社内の別事業部への配置転換や他案件へのアサインを検討しなければなりません。しかし、SES事業のみを行っている企業の場合、社内に代替業務が存在しないことが実務上の問題となります。配置転換の余地がない場合でも、無理な遠方転勤の命令は権利の濫用とみなされるため、十分な協議に基づく退職勧奨など慎重な労務対応が必要です。
3. 労務確認と労働条件統合で直面する不利益変更の回避策
買い手企業と売り手企業の間で労働条件や人事制度が異なる場合、買収後の労働条件統合(PMI)で摩擦が生じます。従業員の不満が募ると離職に直結するため、不利益変更のリスクを管理しながら制度を調整しなければなりません。
3-1. 給料体系や有給休暇および退職金通算における処理手順旧会社の労働条件を新会社へ引き継ぐ際、最もトラブルになりやすいのが基本給、手当、有給休暇、退職金の扱いにおける認識の齟齬です。
基本給や各種手当については、譲渡から1〜3年間を「経過措置期間」とし、前職の年収水準を補償する調整手当を支給する対応が実務的です。有給休暇の未消化日数や勤続年数については、原則として新会社へ通算引き継ぎを行う旨を譲渡契約書に明記します。
退職金については、旧会社で一旦計算して金銭清算するか、退職金債務の評価額を譲渡価格から控除したうえで新会社の制度へ引き継ぐかの選択が必要となります。
3-2. 労務デューデリジェンスで調査すべき未払い残業代リスク買い手企業にとって、事前の労務デューデリジェンス(労務DD)による潜在リスクの洗い出しは極めて重要です。SES業界特有の労務リスクを看過して買収した場合、クロージング後に多額の損害を被る恐れがあります。
常駐先の超過勤務と未払い残業代:客先での超過勤務が勤怠管理システムに反映されず、未払い残業代が発生していないか。
固定残業代の無効リスク:基本給と固定残業手当の区分や、超過分の差額支給規定が不明確で、固定残業代自体が無効とされるリスクがないか。
名ばかり管理職・フリーランス偽装:実態は労働者であるにもかかわらず、業務委託契約や管理職扱いにすることで残業代を免れていないか。
これらの潜在債務が発見された場合、売り手側でクロージングまでに清算させるか、あるいは譲渡価格からの減額および表明保証条項における補償対象として契約書に織り込む必要があります。
3-3. クロージング後PMIにおける就業規則統合と離職防止事業譲渡の効力発生後、旧企業の就業規則と新企業の就業規則を統合するプロセスに入ります。就業規則の変更によって労働条件を労働者の不利に変更する場合、労働契約法10条に定められた「変更の合理性」が厳格に問われます。
単に買収側の制度に一方的に揃えるだけでは、合理性が否定され変更が無効となる可能性があります。不利益が生じるグループに対しては、個別に激変緩和措置(数年かけて段階的に移行する、差額を手当として補填するなど)を設定し、人事評価制度の透明性を高めることで離職を防ぐPMI設計が求められます。
4. エンジニア離職を防ぐ構造的事業移管シミュレーション
SES会社の事業価値は、所属するエンジニアが現場で稼働し続けることで生み出されます。事業譲渡に伴う不安から主要な技術者が離職した場合、稼働率が低下し売上が直ちに損なわれる構造的リスクを抱えています。
4-1. 稼働率低下や単価落差を想定した売上毀損モデルの事前試算例えば、エンジニア30名が所属し、1人あたり平均人月単価70万円、粗利率30%のSES事業を譲渡するケースをシミュレーションします。事業譲渡の過程でキーパーソンを含む20%(6名)が転籍を拒否して退職した場合、売上毀損額は以下のように試算されます。
月間売上損失:70万円 × 6名 = 420万円 / 月(年間 5,040万円の減収)
粗利損失:420万円 × 粗利率30% = 126万円 / 月(年間 1,512万円の利益消失)
代替採用コスト:中途採用費用(1名あたり150万円と想定) × 6名 = 900万円
このように、わずか数名の離職であっても事業価値に致命的な影響を与えます。このため、譲渡契約書においては「主要エンジニア〇名以上の転籍同意」をクロージング前提条件(CP)に設定したり、離職人数に応じて譲渡価格を減額する「価格調整条項」を盛り込むロジックが採用されます。
4-2. 要員交代やスキルシート承継を円滑化する移行スキーム現場での稼働を途切れさせないためには、商流と現場手続きのシームレスな移行が不可欠です。客先常駐現場において、要員交代として扱われるのか、契約主体の名義変更として処理されるのかによって手続きが異なります。
エンジニアのスキルシートや業務履歴データを旧会社から新会社へ引き継ぐ際は、個人情報保護法に基づく本人の同意が必要です。
また、事業の要となるリードエンジニアやPM(プロジェクトマネージャー)クラスのキーパーソンに対しては、譲渡完了後に一定期間在籍することを条件とした「リテンションボーナス(繋ぎ止め手当)」を支給するスキームを導入し、事業移管中の離職を構造的に防止します。
5. SES事業譲渡の注意点に関するよくある質問
SES事業の譲渡実務において、経営層や実務担当者が直面しやすい主要な疑問点と法的回答を整理します。
5-1. 転籍同意を拒否したエンジニアを解雇することは可能か結論として、新会社への転籍同意を拒否したことのみを理由にエンジニアを解雇することは、労働契約法16条により無効と判断される可能性が極めて高いです。解雇権濫用の法理が適用されるため、会社都合による客観的合理性と社会通念上の相当性が厳格に求められます。
整理解雇を行う場合であっても、人員削減の必要性、解雇回避努力の実施、人選の合理性、手続の妥当性という「整理解雇の4要件」をすべて満たす必要があります。SES事業の売却後も旧会社が存続する場合、まずは他案件への再アサインや希望退職者の募集、丁寧な退職勧奨を行うことが現実的な選択肢となります。
5-2. 客先常駐先の事前承諾が得られない場合の打開策はあるか重要顧客から事業譲渡に伴う契約主体変更の事前承認が得られない場合、クロージングと同時に取引が停止するリスクがあります。これに対する一時的な打開策として、「二重契約(再委託)スキーム」や「在籍出向スキーム」が活用されます。
具体的には、顧客との基本契約は旧会社に残したまま、新会社が旧会社から業務を一括再委託(または旧会社から新会社へエンジニアを出向)する形をとります。この期間中に顧客側での新会社の口座開設や与信審査を進め、更新時期に合わせて段階的に新会社との直接契約へ一本化していくアプローチが有効です。
5-3. 有給休暇や退職金の勤続年数は必ず通算すべきなのか事業譲渡は特定承継であるため、法律上、旧会社での勤続年数や有給休暇を新会社が当然に通算引き継ぎする義務はありません。法的観点のみで言えば、旧会社で一旦労働契約を終了・精算し、新会社で勤続年数ゼロからスタートさせる設計も可能です。
しかし、勤続年数や有給休暇がリセットされる条件を提示した場合、エンジニアの大多数から転籍同意を取得することは極めて困難になります。したがって実務上は、譲渡契約書において「勤続年数・有休残日数は新会社へ引き継ぐ」と規定し、引き継いだ有休や退職金相当額の将来負担分を、譲渡価格の調整(減額)によって売り手・買い手間で清算する運用が一般的です。
6. SES事業 M&A・会社売却に特化したM&A支援で自社の価値を正しく伝える方法SES事業の事業譲渡や会社売却を成功させるためには、一般的な財務諸表の数値だけでなく、SES固有の事業価値を正しく評価できる買収候補者を選出し、適切な条件交渉を行うことが不可欠です。
SES事業 M&A・会社売却に特化したM&A支援を提供するM&A PMI AGENTでは、単なるエンジニアの人数規模だけでなく、平均人月単価、エンジニア1人あたりの粗利、稼働率・待機率、エンド直・元請け比率などの商流、顧客集中度、技術領域、離職率・定着率といったSES特有の事業データを詳細に整理します。
これにより、自社の強みを買い手企業へ論理的かつ正確に伝えるM&A仲介を実現しています。
事業譲渡の手続きでは、契約承継や従業員の個別同意、労務コンプライアンスの確認など、多角的な実務対応が求められます。同社では、無料相談から企業価値の算定、IM(インフォメーション・メモランダム)の作成、買い手候補の選定、DD(デューデリジェンス)サポート、クロージング後のPMIまでを一貫して支援する体制を整えています。
相談料、着手金、中間金、月額報酬はすべて0円の完全成功報酬制(成功報酬の最低額は消費税別500万円)を採用しており、売却を決定していない検討段階での匿名相談にも全国・オンラインで対応しています。
7. まとめSES事業の事業譲渡は特定承継にあたるため、労働契約も顧客との準委任契約も自動移転しません。民法625条に基づく従業員の個別同意取得、客先との契約巻き直し、労務DDでの未払い残業代リスク精査を計画的に進めることが、キーパーソンの離職を防ぎ事業価値を維持する鍵となります。


