M&Aデューデリジェンス支援会社の見極め方|プロが解説
M&Aの成否を左右するデューデリジェンスにおいて、支援会社選びは最重要課題です。本記事では、FAや会計ファーム等の種類ごとの特徴から、失敗しないための具体的な選定プロセス、費用対効果の見極め方までをプロが徹底解説。
ディールリスクを増大させる要注意な会社の特徴も明らかにします。M&Aの価値を最大化する鍵は、自社の案件特性を理解し、真のパートナーとして協業できる専門家集団を見極めることにあると、この記事を読めば理解できます。
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編集者の紹介
株式会社M&A PMI AGENT
代表取締役 日下部 興靖
上場企業のグループ会社の取締役を4社経験。M&A・PMI業務・経営再建業務などを10年経験し、多くの企業の業績改善を行ったM&A・PMIの専門家。3か月の経営支援にて期首予算比で売上1.8倍、利益5倍などの実績を持つ。
1. M&A成功の要:デューデリジェンスにおける支援会社の役割と種類
M&A(企業の合併・買収)のプロセスにおいて、デューデリジェンス(Due Diligence、DD)はディールの成否を分ける極めて重要な工程です。これは、買収対象となる企業の価値やリスクを多角的に調査・分析する活動を指します。
もしこのDDを疎かにすれば、想定外の簿外債務や訴訟リスクが買収後に発覚し、多大な損失を被る可能性があります。M&Aの価値を最大化し、リスクを最小化するためには、DDを精密かつ網羅的に実行することが不可欠であり、その実現には外部の専門的な支援会社の力が欠かせません。
本章では、なぜ外部の支援会社が必要なのか、そしてどのような種類の支援会社が存在するのかを詳しく解説します。
M&Aにおけるデューデリジェンスは、自社の経営陣や担当部署だけで完結させることが非常に困難な業務です。その理由は、求められる専門性の高さと、客観的な視点の必要性にあります。外部の支援会社を活用することは、単なる業務のアウトソーシングではなく、M&Aの成功確率を飛躍的に高めるための戦略的な一手と言えるでしょう。
1.1.1 専門性と客観性の担保によるディールリスクの低減デューデリジェンスは、財務、税務、法務、ビジネス、人事、ITといった多岐にわたる領域を深く掘り下げる必要があります。例えば、財務DDでは公認会計士が正常な収益力や運転資本を分析し、法務DDでは弁護士が契約書や許認可、潜在的な訴訟リスクを精査します。
これらの各分野には高度な専門知識と豊富な実務経験が求められ、それぞれの専門家でなければ見抜けない「隠れたリスク」が存在します。
外部の支援会社は、各分野のプロフェッショナルを擁しており、彼らの知見を借りることで、自社だけでは発見不可能なリスクを特定できます。さらに、外部の専門家は第三者として冷静かつ客観的な視点で対象企業を評価します。
「この買収を何としても成功させたい」という買い手側のバイアスから距離を置き、ディールを中止すべき重大な問題点(ディールブレーカー)があれば、それを忖度なく指摘してくれます。この専門性と客観性の担保こそが、不適切な価格での買収や将来の経営危機といったディールリスクを効果的に低減させる鍵となります。
多くの企業にとって、M&Aは日常的な業務ではありません。そのため、DDを遂行するための十分なリソース(人材、時間、ノウハウ)が社内に不足しているのが実情です。通常業務を抱えながら、短期間で膨大な資料を読み解き、分析し、報告書にまとめる作業は、担当者に過大な負担を強いるだけでなく、調査の質を低下させる原因にもなります。
また、自社の担当者がDDを主導する場合、潜在的な利益相反(コンフリクト・オブ・インタレスト)の問題が生じる可能性があります。
M&Aの推進担当者は、プロジェクトを成功に導くことがミッションとなるため、無意識のうちにリスクを過小評価したり、ネガティブな情報を軽視したりする傾向に陥りがちです。これに対し、独立した外部の支援会社は、クライアントの利益を最大化することを第一に考え、客観的な事実に基づいて冷静な判断を下すことができます。
自社対応の限界を認識し、適切な専門家チームを外部から招聘することが、M&Aの成功に向けた賢明な判断と言えるでしょう。
デューデリジェンスを支援する会社は、その専門領域によっていくつかの種類に大別されます。M&Aの規模や特性、調査したいリスクの領域に応じて、これらのプレイヤーを適切に組み合わせることが重要です。ここでは、主要なプレイヤーとその役割について解説します。
1.2.1 FA、会計系ファーム、法律事務所、専門コンサルの違いM&Aのデューデリジェンスに関わる主要な専門家は、それぞれ異なる役割を担っています。案件の全体像を把握し、自社のニーズに合わせて最適な専門家チームを組成するためには、各プレイヤーの違いを理解しておくことが不可欠です。
プレイヤーの種類 | 主な役割・専門領域 | 特徴 |
---|---|---|
M&Aアドバイザリー/FA | DD全体のプロジェクトマネジメント、各専門家との連携調整、ビジネスDDの主導、価値評価(バリュエーション)との連動 | ディール全体の司令塔として機能。買い手または売り手の利益最大化を目指し、戦略的な視点からDDのスコープ策定や結果の分析を行う。 |
会計系ファーム(監査法人系など) | 財務DD:財政状態、収益性、キャッシュフローの分析、正常収益力の算定 税務DD:税務申告の妥当性、税務リスクの洗い出し、繰越欠損金の引継ぎ可能性の検討 |
PwC、デロイト トーマツ、KPMG、EYの「Big4」に代表される大手ファームが有名。定量的な分析に強みを持ち、M&Aにおける財務・税務リスクの特定を担う。 |
法律事務所 | 法務DD:契約関係、許認可、知的財産権、人事労務、紛争・訴訟リスク、コンプライアンス体制の調査 | 企業の法的リスクを網羅的に洗い出す。DDの結果を最終契約書の表明保証条項などに的確に反映させる役割も担う。 |
専門コンサルティングファーム | ビジネスDD:事業計画の妥当性評価、市場・競合分析、シナジー効果の検証 人事DD:キーパーソンの特定、人事制度・組織文化の評価、労務リスクの精査 IT DD:システム統合の課題・コスト評価、情報セキュリティリスクの調査 |
戦略、人事、ITなど特定分野に特化した深い知見を持つ。PMI(買収後の統合プロセス)を見据えた課題抽出も行う。 |
デューデリジェンスの支援会社を選定する際、その体制によって「ワンストップ型」と「ブティック型」の2つのアプローチがあります。どちらが優れているというわけではなく、案件の特性に応じて最適な形態を選択することが肝要です。
ワンストップ型は、主に大手会計系ファームなどが提供するサービスで、財務・税務・法務・ビジネスといった複数のDDを一つの窓口で一括して請け負う形態です。クライアントにとっては、コミュニケーションの窓口が一本化されるため、情報共有がスムーズに進み、プロジェクト管理の負担が軽減されるという大きなメリットがあります。
特に、複数の国にまたがるクロスボーダー案件や、短期間での実行が求められる大規模案件において強みを発揮します。
一方、ブティック型は、財務、法務、人事といった各分野に特化した専門ファーム(ブティックファーム)を、クライアントが個別に選定して依頼する形態です。このアプローチのメリットは、各分野で最も評価の高い専門家を起用できる点や、必要なDD項目のみを依頼することでコストを最適化しやすい点にあります。
中小規模のM&Aや、特定のリスク領域を深く調査したい場合に適しています。ただし、クライアント側(もしくはFA)が各ファーム間の調整役を担う必要があり、高度なプロジェクトマネジメント能力が求められます。
2. 【実践】失敗しないM&Aデューデリジェンス支援会社の選定プロセス
M&Aの成否を分けるデューデリジェンス(DD)は、その支援をどの会社に託すかによって結果が大きく左右されます。ここでは、数多くのM&A案件を見てきたプロの視点から、自社にとって最適なパートナーを見つけ出すための、具体的かつ実践的な選定プロセスを詳細に解説します。
2.1 選定の第一歩:スコープ・オブ・ワーク(SOW)の明確化M&Aデューデリジェンス支援会社を選定する最初のステップは、「何を、どこまで調査してほしいのか」という業務範囲、すなわちスコープ・オブ・ワーク(SOW)を明確にすることです。
このSOWが曖昧なままでは、各社から提出される提案や見積もりを正しく比較評価することができません。まずは自社が抱える課題とM&Aの目的に立ち返り、DDの対象範囲を具体的に定義することから始めましょう。
デューデリジェンスと一言で言っても、その調査領域は多岐にわたります。全ての項目を網羅的に調査するには莫大な時間とコストがかかるため、M&A案件(ディール)の特性に応じて、特にリスクが潜んでいそうな領域を特定し、調査の優先順位を付けることが極めて重要です。
例えば、歴史ある製造業の買収であれば工場の設備や環境債務が、急成長中のIT企業であれば知的財産権や情報セキュリティが重要な論点となります。自社のディール特性を踏まえ、どのDDに重点を置くべきかを見極めましょう。
DDの種類 | 主な調査項目 | 特に重要となるディール特性の例 |
---|---|---|
財務DD | 正常収益力、実態純資産、運転資本、設備投資、簿外債務の有無 | 全般的に必須。特に、粉飾決算リスクが疑われる場合や、資産価値の評価が重要な案件(不動産、製造業など)。 |
法務DD | 株式・定款、許認可、重要な契約書、訴訟・紛争、コンプライアンス体制 | 全般的に必須。特に、契約関係が複雑な事業、規制業種、海外取引が多い企業。 |
税務DD | 税務申告の妥当性、繰越欠損金の引継可能性、組織再編税制、移転価格税制 | 過去に複雑な組織再編を行っている企業、海外子会社を持つ企業、オーナー系企業。 |
ビジネスDD | 事業計画の妥当性、市場・競合分析、サプライチェーン、顧客基盤、シナジー効果の検証 | 新規事業への参入、異業種からの買収、事業の将来性に大きく依存する案件(スタートアップなど)。 |
人事DD | 人員構成、人事制度、労務コンプライアンス(未払残業代など)、キーパーソンの退職リスク | 「人」が重要な資産である事業(コンサルティング、IT開発など)、労働集約型の事業、労働組合が存在する企業。 |
IT DD | システム構成、技術的負債、情報セキュリティ、ライセンス契約、個人情報保護 | IT/SaaS企業、DXを目的とした買収、基幹システムの統合がPMIの重要課題となる案件。 |
DDのスコープと優先順位が固まったら、次はその内容をRFP(Request for Proposal:提案依頼書)として文書にまとめ、複数の候補企業に提示します。RFPは、単に見積もりを取るためだけでなく、各社の専門性やアプローチ方法を公平に比較するための重要なツールです。
RFPに盛り込むべき主要項目
- M&Aの背景と目的: なぜこのM&Aを行うのか、何を実現したいのかを共有する。
- 対象会社の概要: 判明している範囲の事業内容、規模、組織図などを記載する。
- 依頼したいDDのスコープ: 前項で特定した調査項目、重点領域、除外項目を明記する。
- 期待する成果物: 報告書の形式(日本語/英語、詳細版/要約版)、報告会の有無などを指定する。
- 想定スケジュール: VDR(ヴァーチャルデータルーム)オープン予定、DD期間、クロージング予定日など。
- 提案書の提出期限と形式: 提出期限、提出方法、記載してほしい項目(体制、実績、費用など)を伝える。
RFPを送付する候補は、3〜5社程度が一般的です。FA(フィナンシャル・アドバイザー)、大手会計系ファーム、法律事務所、特定の分野に特化したブティック型コンサルティングファームなど、タイプの異なる支援会社を候補に入れることで、多角的な視点から提案を比較検討できます。
全社に同じ情報を提供し、比較の土台を揃えることが公正な選定の鍵となります。
各社から提出された提案書と、その後の面談(プレゼンテーション)は、最適なパートナーを見極めるための最も重要な機会です。書類上の情報だけでなく、担当者の能力や自社との相性まで含めて、総合的に評価する必要があります。
2.2.1 見積金額の妥当性と費用対効果(ROI)の検証見積金額の比較は必須ですが、単純な価格の安さだけで判断するのは非常に危険です。DDはM&Aの成否を左右する「投資」であり、安かろう悪かろうでは、将来的にそれ以上の損失を生む可能性があります。
見るべきは、金額の絶対額ではなく、その内訳と費用対効果(ROI)です。
- 見積もりの内訳の確認: 報酬体系(タイムチャージか固定か)、各クラス(パートナー、マネージャー、スタッフ)の単価と想定工数、実費の範囲などを詳細に確認し、不明瞭な点がないか質問します。極端に安い見積もりは、経験の浅いスタッフが中心であったり、調査範囲が限定的であったりする可能性があるため注意が必要です。
- 費用対効果(ROI)の視点: 支払うDD費用によって「いくらのリスクを回避できるか」「いくらの買収価格引き下げに繋がるか」という視点で評価します。例えば、1,000万円のDD費用を投じて5,000万円の簿外債務を発見できれば、その投資は極めて効果的だったと言えます。リスクの発見・定量化に対する各社の具体的なアプローチを比較検討しましょう。
提案書には輝かしい会社としての実績が並んでいても、実際に自社の案件を担当するチームやキーパーソンの実力が伴っていなければ意味がありません。特に以下の点に注目して見極めましょう。
- 担当チームの専門性と実績: 会社全体の実績ではなく、「今回アサインされる予定のチーム」が、対象会社の業界や類似規模のM&A案件を経験しているかを確認します。特にプロジェクトを牽引するパートナーやマネージャーの経歴は重要です。
- キーパーソンとの面談: 提案のプレゼンテーションには、必ずプロジェクトの責任者と主要メンバーに出席してもらうよう依頼します。提案時のエース級人材と、実働部隊が異なるケースは少なくありません。
- 相性とコミュニケーション能力: DDは限られた時間の中で、膨大な情報をやり取りする緊密な共同作業です。こちらの質問に対して的確かつ分かりやすく回答してくれるか、専門用語を多用せず丁寧に説明してくれるか、自社のカルチャーや担当者との相性は良いか、といった人間的な側面も重要な判断基準です。
面談の場で、支援会社側からどれだけ本質を突いた鋭い質問が出てくるかも、彼らの案件理解度とプロフェッショナリズムを測る良い指標となります。
3. M&Aのリスクを増大させる要注意なデューデリジェンス支援会社の特徴
M&Aの成否を分けるデューデリジェンス(DD)において、支援会社の選定は極めて重要な意思決定です。しかし、中にはディールを成功に導くどころか、かえってリスクを増大させてしまう支援会社も存在します。
ここでは、M&Aの買い手企業が絶対に避けるべき、要注意な支援会社が持つ特徴を「専門性・アプローチ」と「コミュニケーション・体制」の2つの側面から具体的に解説します。
支援会社の能力や調査手法に問題がある場合、デューデリジェンスは形式的な手続きに終わり、重大なリスクを見落とす原因となります。特に注意すべき危険信号は以下の通りです。
3.1.1 対象企業の業界への理解が浅いジェネラリストM&A対象企業が属する業界特有のビジネスモデル、商慣習、法規制、会計基準などへの深い理解は、的確なリスク分析の前提条件です。
「どのような業界でも対応可能です」とアピールするジェネラリスト型の支援会社には注意が必要です。業界知識が乏しいと、表面的な財務・法務情報だけでは見抜けない、以下のような潜在的リスクを見逃す可能性が高まります。
- ビジネスリスクの見落とし:特定の主要取引先への依存度、技術の陳腐化リスク、業界特有の許認可の重要性など、事業の根幹に関わるリスク評価が甘くなります。
- 財務リスクの誤認:建設業の工事進行基準や、ソフトウェア業界の収益認識基準など、特殊な会計処理の妥当性評価が不十分となり、粉飾決算や隠れ債務を見抜けない恐れがあります。
- 法務リスクの看過:業界に特化した規制(例:医療・介護業界の関連法規、製造業の環境規制)への準拠状況のチェックが甘くなり、買収後に巨額の罰金や事業停止命令といった深刻な事態を招くことがあります。
支援会社を選定する際は、必ず対象企業と類似する業界・規模のM&A案件におけるデューデリジェンス実績を確認し、具体的な知見について質問することが不可欠です。
3.1.2 テンプレート依存の画一的なレポートと形式的なQ&A対応質の低い支援会社は、どの案件にも使い回せるような汎用的なテンプレートに沿って調査を進め、通り一遍の報告書(レポート)を作成する傾向があります。個別のディール特性を無視したレポートは、ページ数が多くても中身が薄く、M&Aの意思決定に役立ちません。
また、売り手企業への質疑応答(Q&A)においても、その姿勢や内容に注意が必要です。売り手からの回答を鵜呑みにし、矛盾点や不明点を深掘りするための追加質問や資料請求を怠る場合、それは専門性や経験の不足、あるいは単なる怠慢の表れです。
形式的なQ&Aは、問題の本質を隠蔽し、買い手に誤った安心感を与えてしまいます。
項目 | 要注意な支援会社の特徴 | 信頼できる支援会社の特徴 |
---|---|---|
DDレポート | 一般的な論点の羅列に終始し、具体的なリスク指摘や事業価値への影響分析が欠けている。 | 対象企業のビジネスモデルを踏まえ、検出された問題点が買収価格や契約条件、PMIにどう影響するかを具体的に分析・提言している。 |
Q&A対応 | 売り手からの回答をそのまま記載するだけで、深掘りした質問や裏付け資料の要求がない。 | 回答の矛盾点を突き、粘り強く追加質問を行う。必要に応じて現地調査(サイトビジット)や専門家へのヒアリングを提案する。 |
リスク評価 | リスクの可能性を指摘するだけで、発生確率や影響度合いの分析がなされていない(「〇〇のリスクがあります」で終わる)。 | 検出されたリスクを「ディールブレーカー」「価格調整要因」「表明保証でカバーすべき事項」などに分類し、対応策の優先順位を明確にする。 |
デューデリジェンスは多くの専門家が関与し、タイトなスケジュールで進行するため、円滑なコミュニケーションと安定した実行体制が不可欠です。ここに問題を抱える支援会社は、プロジェクト全体に混乱をもたらします。
3.2.1 提案時のエースと実働部隊の乖離(キーマン・リスク)M&A支援会社の選定プロセスにおいて、最初の提案やプレゼンテーションには、経験豊富なパートナーやディレクタークラスの「エース」が登場することが一般的です。しかし、契約後に実際のデューデリジェンス業務を担当するのが、経験の浅い若手スタッフばかりというケースは少なくありません。
この「提案時の顔」と「実働部隊」の乖離は、深刻な品質低下を招きます。若手担当者では、複雑な論点の判断や、売り手とのタフな交渉が求められる場面で適切な対応ができず、結果的にリスクの見落としやスケジュールの遅延につながります。
契約を締結する前に、プロジェクトにアサインされる主要メンバーの経歴、専門性、そして本案件への関与度合い(稼働率)を具体的に確認し、キーパーソンが誰になるのかを明確にしておく必要があります。
デューデリジェンスの過程で発見された重要な論点(例えば、ディールの前提を覆しかねない偶発債務や法規制違反の可能性など)の報告が遅れることは、買い手の意思決定を著しく妨げます。報告が遅れれば、価格交渉や契約条件の見直しといった対応を取る時間がなくなり、不利な条件でディールを進めざるを得なくなる可能性があります。
また、報告の内容が専門用語の羅列で分かりにくかったり、クライアントである買い手のビジネスやM&A戦略への影響を考慮しない一方的なものであったりする場合も問題です。
優れた支援会社は、単に事実を報告するだけでなく、その発見事項がクライアントにとってどのような意味を持つのかを翻訳し、次に取るべきアクションを分かりやすく提示してくれます。定例ミーティングの頻度や報告フォーマット、緊急時の連絡体制などを事前に確認し、コミュニケーションの齟齬が生じない体制を構築できるパートナーを選ぶことが重要です。
4. M&A価値を最大化するデューデリジェンス支援会社との協業の進め方
優れたM&Aデューデリジェンス(DD)支援会社を選定することは、M&A成功に向けた重要な第一歩に過ぎません。真にM&Aの価値を最大化するためには、選定した支援会社を単なる外部委託先としてではなく、ディール成功を共に目指す「パートナー」として位置づけ、主体的かつ戦略的に協業していく姿勢が不可欠です。
この章では、DDの精度を高め、その結果をディールの最終局面やPMI(ポスト・マージャー・インテグレーション)に活かすための、具体的な協業の進め方について解説します。
DDプロセスは限られた時間との戦いです。支援会社の専門性を最大限に引き出し、効率的かつ効果的に調査を進めるためには、依頼者である買い手企業の積極的な協力と円滑なコミュニケーション体制の構築が鍵となります。
4.1.1 VDR(ヴァーチャルデータルーム)の効果的な運用と迅速な情報提供現代のM&Aでは、売り手から開示される膨大な資料はVDR(ヴァーチャルデータルーム)と呼ばれるオンライン上のセキュアなプラットフォームで共有されます。このVDRをいかに効率的に活用するかが、DDの成否を左右します。
まず、依頼者側は自社の事業戦略や買収目的を支援会社と深く共有し、どの資料を優先的にレビューすべきか、どのような観点でリスクを洗い出すべきか、調査の初期段階で方針をすり合わせることが重要です。
単に資料のレビューを丸投げするのではなく、例えば「この技術の陳腐化リスクを重点的に見てほしい」「主要顧客との契約の安定性を確認したい」といった具体的な指示を出すことで、調査の焦点が定まり、精度が向上します。
また、支援会社が資料をレビューする中で生じた疑問点は、Q&Aリストとしてまとめられ、売り手側に提出されます。このプロセスにおいて、買い手企業は支援会社からの質問内容を確認し、自社の視点からの追加質問がないかを検討する必要があります。
売り手からの回答があった際には、その内容を迅速に確認し、支援会社と議論を重ねることで、より深い洞察を得ることができます。情報提供や意思決定の遅延は、DD全体のスケジュール遅延に直結するため、常に迅速なレスポンスを心がけることが求められます。
DDプロセス中の円滑な情報共有と意思決定のために、定期的な進捗確認会議(定例ミーティング)を設定することは極めて有効です。週次など、案件の進行スピードに合わせて頻度を定め、アジェンダを明確にした上で実施しましょう。
定例ミーティングでは、各専門分野(財務、法務、税務、事業など)の支援会社から進捗状況や現時点で発見されている重要事項(ディールブレイカーとなりうるリスクなど)の報告を受けます。
依頼者側は報告を受けるだけでなく、自社の懸念事項を積極的に投げかけ、議論を深める場として活用すべきです。この双方向のコミュニケーションを通じて、DDの方向性を適宜修正し、論点を整理していくことができます。
多くの場合、M&Aのプロセス全体はFA(ファイナンシャル・アドバイザー)が交通整理役を担います。買い手、売り手、そして複数のDD支援会社間のコミュニケーションは、FAをハブとすることで円滑に進みます。
質問や依頼はFA経由で集約・伝達することで、情報の錯綜を防ぎ、各プレイヤーが自身の役割に集中できる環境を整えることが、プロジェクトを成功に導くための重要なポイントです。
デューデリジェンスは、対象企業のリスクを洗い出すこと自体が目的ではありません。その調査結果を分析し、買収価格や契約条件に反映させ、さらには買収後の統合プロセス(PMI)の計画に活かして初めて、その価値が発揮されます。DDの最終成果である報告書を最大限に活用する方法を理解しておく必要があります。
4.2.1 DD報告会の指摘事項を価格交渉や表明保証に反映させる方法DDの集大成として開催されるDD報告会では、各分野の専門家から調査結果と発見されたリスクが詳細に報告されます。ここで指摘された事項は、M&Aの最終契約に向けた交渉の重要な材料となります。
発見されたリスクは、まずその影響度合いに応じて分類・評価する必要があります。支援会社の専門家と協力し、リスクが企業価値に与える金銭的な影響(減損額)を可能な限り定量化します。例えば、未払残業代や将来発生しうる訴訟の賠償額、追加で必要となる設備投資額などがこれにあたります。
定量化できたリスクは、買収価格の減額を求める直接的な交渉材料となります。一方、定量化が難しいリスクや、将来発生する可能性のある偶発債務については、株式譲渡契約書(SPA)における「表明保証(Representations and Warranties)」条項に盛り込むことで対応します。
これは、売り手が買い手に対して特定の事実が真実であることを表明・保証するもので、万が一その内容に違反があった場合には、買い手は売り手に対して損害賠償を請求できます。DDで発見されたリスクに応じて、どのような表明保証を盛り込むべきか、法務DDを担当した弁護士と緊密に連携し、契約書に落とし込む作業が不可欠です。
リスクの具体例 | 主なDD分野 | 契約への反映アプローチ | 解説 |
---|---|---|---|
簿外債務(未払残業代など)の判明 | 財務・法務・労務 | 価格交渉(買収価格の減額) | 金額を合理的に算定し、その分を純負債と見なして企業価値から控除する形で価格調整を要求します。 |
重要な許認可の更新漏れ | 法務・事業 | クロージングの前提条件(CP) | 株式譲渡の実行(クロージング)までに、売り手の責任で許認可が再取得されることを契約上の前提条件とします。 |
潜在的な訴訟リスク | 法務 | 表明保証・補償条項 | 当該訴訟に関する事実関係を表明保証させ、将来損失が発生した場合に売り手が補償する旨を契約に盛り込みます。 |
キーパーソンの退職リスク | 人事・事業 | アーンアウト条項の導入 | 買収後の一定期間、特定の業績目標の達成を条件に追加対価を支払う仕組み。キーパーソンの残留意欲を高める効果が期待できます。 |
M&Aの成功は、契約締結(クロージング)後に始まるPMIが円滑に進むかどうかにかかっています。DDは、このPMIを成功させるための「設計図」を手に入れる絶好の機会です。
DDの過程では、財務や法務のリスクだけでなく、対象企業の組織文化、キーパーソンの人物像、情報システムの状況、人事制度の問題点といった、定性的な情報も数多く明らかになります。これらの情報は、買収後のシナジーを創出する上で極めて重要です。
したがって、DDを担当した支援会社から、PMIを推進するチーム(社内チームやPMI専門のコンサルタント)へ、調査結果を詳細に引き継ぐプロセスを必ず設けましょう。特に、「DD報告書には記載しきれなかったニュアンス」や「マネジメントインタビューで感じた経営陣の雰囲気」といった生の情報は非常に価値があります。
DDチームとPMIチームが合同でワークショップを開催し、DDで識別された課題を基に、PMIで取り組むべき具体的なアクションプラン(100日プランなど)を策定していくことが理想的です。この引継ぎを丁寧に行うことで、Day1(経営統合初日)からスムーズかつ的確な統合プロセスをスタートさせることが可能になります。
5. まとめ
M&Aの成功は、最適なデューデリジェンス支援会社をパートナーにできるかにかかっています。自社の案件規模や特性に合わせてスコープを明確化し、FAや会計事務所、法律事務所といった専門家の実績や費用対効果を慎重に比較検討することが不可欠です。
形式的な調査に留まらず、PMIまで見据えた実践的な助言を提供してくれる真のパートナーを見極めることが、ディール価値を最大化する鍵となります。