税務デューデリジェンスはなぜ外注すべき?M&Aにおける専門家活用のメリット

税務デューデリジェンスはなぜ外注すべき?M&Aにおける専門家活用のメリット

M&Aの成否を分ける税務デューデリジェンス。複雑化する税務リスクを正確に把握し、価格交渉や契約に活かすには、税理士法人など専門家への外注が不可欠です。

本記事では、税務DDを外注すべき戦略的理由から、外注先の選定、実務プロセス、M&A後のPMIへの活用法までを網羅的に解説します。専門家活用のメリットを理解し、M&Aを成功に導くための具体的な手法がわかります。

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編集者の紹介

日下部 興靖

株式会社M&A PMI AGENT
代表取締役 日下部 興靖

上場企業のグループ会社の取締役を4社経験。M&A・PMI業務・経営再建業務などを10年経験し、多くの企業の業績改善を行ったM&A・PMIの専門家。3か月の経営支援にて期首予算比で売上1.8倍、利益5倍などの実績を持つ。




1. 税務デューデリジェンスを外注すべき戦略的理由

M&A(企業の合併・買収)の成否は、対象企業の価値とリスクをいかに正確に把握できるかにかかっています。その中でも税務デューデリジェンス(税務DD)は、帳簿には現れない潜在的な税務リスクを洗い出し、買収価格や契約条件に反映させるための極めて重要なプロセスです。

しかし、年々複雑化する税制やグローバル化する経済活動を背景に、この税務DDを自社のリソースのみで完結させることは困難になりつつあります。ここでは、M&Aの成功確率を最大化するために、なぜ税務デューデリジェンスを外部の専門家に外注すべきなのか、その戦略的な理由を深掘りします。

1.1 M&Aにおける税務リスクの複雑化と外注の必要性

現代のビジネス環境において、企業が抱える税務リスクは多岐にわたり、その内容も高度化しています。特にM&Aの場面では、過去の税務処理に起因する問題が買収後に発覚し、想定外の損失につながるケースが後を絶ちません。

こうした複雑なリスクを正確に特定し、評価するためには、高度な専門知識と豊富な経験を持つ外部専門家の活用が不可欠です。

1.1.1 簿外税務債務・潜在的税務訴訟の特定

税務デューデリジェンスの最大の目的の一つは、財務諸表上には記載されていない「簿外の税務債務」を発見することです。

これらは、対象企業が過去に行った税務処理の誤りや、税務当局との見解の相違によって将来的に発生しうる追徴課税や加算税などのリスクを指します。自社の経理担当者では見過ごしがちなこれらのリスクを、専門家は網羅的に洗い出します。

具体的には、以下のような項目が調査の対象となります。

調査対象項目 潜在する税務リスクの具体例
法人税・事業税 役員賞与や退職金の損金算入否認、交際費・寄附金の認定誤り、減価償却費の過大計上、繰越欠損金の利用制限の認識不足など。
消費税 課税・非課税・不課税の区分誤り、仕入税額控除の計算ミス、簡易課税制度の適用誤りなど。
源泉所得税 役員や従業員への経済的利益供与(ストックオプション、社宅など)に対する源泉徴収漏れ、海外への支払いにおける源泉徴収義務の不履行など。
組織再編税制 過去の合併や分割において、適格要件を満たしていないにもかかわらず、繰越欠損金の引き継ぎなど税制上の優遇措置を適用しているリスク。

これらのリスクは、数年分の税務申告書や総勘定元帳、税務調査の指摘事項などを精査し、関連する税法や判例と照らし合わせることで初めて明らかになります。

潜在的な税務訴訟に発展する可能性のある論点も同様です。このような多角的かつ深い分析は、日々の業務に追われる社内担当者だけでは極めて困難であり、専門家による徹底した調査が求められます。

1.1.2 国際取引・移転価格税制対応の高度化

企業のグローバル化に伴い、国際税務はM&Aにおける最重要検討事項の一つとなっています。特に海外子会社を持つ企業を買収する場合、移転価格税制やタックスヘイブン対策税制(CFC税制)への対応が不可欠です。これらの分野は極めて専門性が高く、対応を誤ると数億円、数十億円規模の追徴課税につながる可能性があります。

例えば、移転価格税制では、海外の関連会社との取引価格が、第三者と取引した場合の価格(独立企業間価格)とかけ離れていないかを検証する必要があります。この検証には、機能リスク分析や比較対象企業の選定など、専門的なノウハウが必須です。

また、タックスヘイブン対策税制では、軽課税国にある子会社の所得が日本の親会社の所得とみなされるかどうか、その適用除外要件を一つひとつ厳密に判定しなければなりません。これらの高度な税務リスク評価を社内で行うことは、専門部署を持たない限り非現実的と言えるでしょう。

1.2 外注による調査精度とスピードの向上

M&Aの交渉は、限られた時間の中で進められます。このタイトなスケジュールの中で、正確なデューデリジェンスを実施し、経営陣の意思決定に資する情報を提供するためには、調査の精度とスピードの両立が不可欠です。

外部の専門家チームを活用することで、この二つの要素を高いレベルで実現できます。

1.2.1 最新税務法規・判例への即時対応

税法は毎年のように改正され、解釈や運用に関する通達、判例も日々更新されています。M&Aの税務リスクを評価する際には、調査時点における最新の法令や判例に基づいて判断することが絶対条件です。例えば、近年の組織再編税制やグループ通算制度の改正は、M&Aのスキームや買収後の税務戦略に大きな影響を与えます。

税理士法人やFAS(Financial Advisory Service)系のコンサルティングファームに所属する専門家は、こうした法改正の動向や最新の判例を常に研究し、実務に反映させる体制を整えています。

彼らは、過去の事例からリスクの大小を判断し、将来の税務調査で指摘される可能性を予測することができます。この知見のアップデートと実務への応用力は、事業会社の経理・財務部門が容易に追随できるものではありません。

1.2.2 独立性確保によるリスク評価の客観性

M&Aプロジェクトを推進する社内チームは、「この買収を成功させたい」という強い思いから、無意識のうちにリスクを過小評価したり、希望的観測に基づいた判断を下したりする可能性があります。このような内部のバイアスは、冷静な経営判断を妨げる要因となりかねません。

外部の専門家は、当事者から独立した第三者の立場にあります。そのため、感情や利害関係に左右されることなく、発見された税務リスクを客観的かつ中立的に評価し、報告することができます。

この客観性は、買収価格の妥当性を判断したり、価格交渉の根拠としたりする上で非常に重要です。また、買収資金を融資する金融機関や、株主に対する説明責任を果たす上でも、第三者機関によるデューデリジェンス報告書は信頼性の高い根拠資料として機能します。

専門家による客観的なリスク評価こそが、M&Aの重要な意思決定を支える土台となるのです。

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2. 税務デューデリジェンス外注の実務プロセス
税務デューデリジェンス外注の実務プロセス 初期スクリーニング 調査範囲設定 • 税務申告書分析 • 別表チェック • リスク論点抽出 グループ間取引 税務適正性確認 • 移転価格リスク • 寄附金認定 • 役務提供取引 専門家との 情報連携フロー • データルーム管理 • Q&Aシート活用 • インタビュー実施 VDR(Virtual Data Room)を活用した情報連携 買い手 企業 VDR データルーム セキュア共有 売り手 企業 外注専門家 税理士法人 会計事務所 資料請求 進捗確認 資料提供 質問回答 税務分析・リスク評価

M&Aにおける税務デューデリジェンス(税務DD)を外注する際、その実務プロセスを理解することは、専門家の能力を最大限に引き出し、M&Aを成功に導くための鍵となります。ここでは、初期段階の調査範囲設定から、専門家との具体的な情報連携フローまで、実務上の重要なステップを詳細に解説します。

2.1 初期スクリーニングと調査範囲設定

税務デューデリジェンスの初期段階では、限られた情報から対象企業の潜在的な税務リスクを迅速に把握し、詳細調査の範囲(スコープ)を適切に設定することが極めて重要です。

このフェーズでの的確な判断が、後の調査の効率性、コスト、そして最終的なM&Aの意思決定に大きな影響を与えます。買い手企業と外注専門家である税理士法人や会計事務所が緊密に連携し、戦略的に進める必要があります。

2.1.1 税務申告書・別表分析による課題抽出

初期スクリーニングの核となるのが、対象企業の過去の税務申告書および関連資料の分析です。通常、過去3〜5期分の法人税、消費税、事業税、固定資産税などの申告書一式を入手し、専門家が精査します。

この分析を通じて、会計処理と税務処理の乖離、特異な税務ポジション、過去の税務調査での指摘事項などを洗い出し、重点的に調査すべき論点を抽出します。

具体的には、以下のような視点で分析が行われます。

分析対象資料 主なチェックポイントと抽出される課題
法人税申告書・各別表

・繰越欠損金の発生原因と引継可能性の検討
・交際費、寄附金などの損金不算入項目の妥当性
・減価償却費の計算方法と償却不足・超過の有無
・引当金の税務上の損金算入要件の充足性
・過去の組織再編税制の適用状況と否認リスク

消費税申告書

・課税売上割合の算定の正確性
・仕入税額控除の適用誤り(特に個別対応方式・一括比例配分方式の選択)
・非課税取引、不課税取引の判定ミス
・国外事業者との取引における内外判定のリスク

勘定科目内訳明細書

・仮払金、仮受金などの未精算勘定に潜む税務リスク
・役員や従業員への貸付金の利率と給与課税リスク
・固定資産台帳との整合性および除却損・売却損の処理

過去の税務調査に関する資料

・税務調査での指摘事項と是正内容の確認
・修正申告、更正の請求の有無と、その後の再発防止策
・調査官との見解の相違があった論点の把握

2.1.2 グループ会社間取引の税務適正性確認

対象企業が複数の子会社や関連会社を持つ場合、グループ会社間の取引は税務リスクの温床となり得ます。特に、非上場企業や同族経営の企業では、取引価格の妥当性が十分に検討されていないケースが散見されます。

税務当局は、グループ内の利益操作を防ぐ観点からこれらの取引を厳しく監視しており、デューデリジェンスにおいて重点的に検証する必要があります。

確認すべき主な項目は以下の通りです。

  • 移転価格税制:海外の関連会社との取引価格が、独立企業間価格(アームス・レングス・プライス)から逸脱していないか。ローカルファイル等の文書化義務への対応状況も確認します。
  • 寄附金認定リスク:グループ会社間で無利息の金銭貸付や、時価よりも著しく低い価格での資産譲渡が行われていないか。行われている場合、差額が寄附金として認定され、損金不算入となるリスクを評価します。
  • 役務提供取引:親会社から子会社への経営指導料や業務委託料などが、提供される役務の内容に見合った合理的な対価となっているか。対価の算定根拠が不明確な場合、税務上の否認リスクが高まります。
  • グループ法人税制:完全支配関係にある内国法人間の取引について、グループ法人税制が正しく適用されているか。特に、資産の譲渡損益の繰り延べや寄附金の損金不算入規定などを確認します。
2.2 外注専門家との情報連携フロー

税務デューデリジェンスを円滑かつ効果的に進めるためには、買い手、売り手、そして外注専門家の三者間でのスムーズな情報連携が不可欠です。機密情報を安全に管理しつつ、質疑応答を効率的に行うための仕組みを構築することが、調査の精度とスピードを左右します。

2.2.1 データルームでの税務資料管理

現代のM&Aプロセスでは、VDR(Virtual Data Room)と呼ばれるオンライン上のプラットフォームを利用して資料を共有するのが一般的です。売り手側は、買い手および外注専門家から事前に提示された資料請求リスト(インフォメーション・リクエストリスト)に基づき、関連資料をVDRにアップロードします。

VDRを活用するメリットは多岐にわたります。

  • セキュリティの確保:アクセス権限をユーザーごとに細かく設定でき、情報漏洩リスクを最小限に抑えながら機密情報を共有できます。
  • 効率的な情報アクセス:関係者は時間や場所を問わず必要な資料にアクセスでき、物理的な資料の受け渡しにかかる手間と時間を削減できます。
  • 進捗管理の一元化:誰がどの資料をいつ閲覧したかのログが記録されるため、進捗管理が容易になります。また、Q&A機能を使えば、質疑応答の履歴も一元管理できます。

外注専門家は、このVDRを通じて税務申告書、総勘定元帳、契約書、議事録といった膨大な資料をレビューし、リスク分析を進めます。

2.2.2 質疑応答・追加調査依頼の効率化

資料レビューだけでは判明しない事項や、背景にある意図を確認するため、売り手側への質疑応答はデューデリジェンスの重要なプロセスです。このプロセスを効率化するため、通常はQ&Aシート(Excel形式など)が用いられます。

Q&Aシートには、質問項目、質問者、回答者、質問日、回答日、ステータス(未回答、回答済み、追加確認中など)といった項目を設け、やり取りの履歴を明確に残します。外注専門家は、税務上の論点を明確にした上で、具体的かつ的確な質問を作成します。

買い手は、ビジネス上の観点も踏まえて質問内容を事前にレビューし、売り手とのコミュニケーションを円滑に進める役割を担います。

書面でのやり取りで解決しない重要な論点については、対象企業の経理・財務責任者や顧問税理士へのマネジメント・インタビュー(またはエキスパート・インタビュー)を設定します。

これにより、会計処理や税務判断の背景にある実務慣行や意図を直接ヒアリングし、リスクの所在をより深く理解することが可能となります。必要に応じて、特定の事業拠点への現地調査(オンサイトDD)を追加で依頼することもあります。

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3. 外注による税務デューデリジェンスのメリット最大化

税務デューデリジェンス(税務DD)を外注する真の価値は、単に税務リスクを洗い出すことだけにとどまりません。その調査結果をM&Aの取引条件に戦略的に反映させ、買収後の統合プロセス(PMI)を円滑に進めることで、初めて外注のメリットが最大化されます。

専門家による客観的かつ詳細な分析は、価格交渉や契約書作成、さらにはM&A後のシナジー創出において、強力な武器となるのです。

3.1 価格交渉・契約条件への反映

税務DDで検出されたリスクは、M&Aの経済条件を左右する重要な要素です。専門家は特定されたリスクを具体的な金額に換算し、それを基に買収価格や契約条件の交渉を有利に進めるための論拠を提供します。

これにより、買い手は潜在的な損失を未然に防ぎ、投資リターンを最大化することが可能になります。

3.1.1 税務リスクの金額換算とバリュエーション調整

外注した専門家は、過去の申告誤りに伴う追徴税額や加算税、繰越欠損金の利用制限による将来キャッシュフローへの影響などを、法的な根拠に基づいて定量的に評価します。この金額評価は、買収価格の交渉において極めて重要な役割を果たします。

例えば、過去の消費税の申告区分に誤りがあり、数千万円単位の追徴課税が見込まれる場合、その金額を買収価格から直接減額する交渉(価格調整)の根拠となります。また、リスクの発生確率が不透明な場合には、将来そのリスクが顕在化した場合に支払額が調整されるアーンアウト条項に盛り込むといった交渉も考えられます。

専門家による税務リスクの評価とバリュエーションへの反映方法には、主に以下のようなアプローチがあります。

税務リスクの評価とバリュエーションへの反映アプローチ
リスクの種類 金額算定の考え方 価格交渉・バリュエーションへの反映方法
過去の申告誤り・見解の相違

想定される追徴税額(本税)に加え、過少申告加算税や延滞税などを含めて算出します。

・買収価格からの直接減額交渉
・ネットデット(純有利子負債)項目として調整
・ワーキングキャピタル(運転資本)の調整

繰越欠損金の利用制限

M&Aのスキーム(株式取得など)によって生じる利用制限を考慮し、将来のタックスシールド(節税効果)の減少額を現在価値に割り引いて算出します。

・将来キャッシュフローの減少として企業価値評価(DCF法など)に反映
・価格調整の交渉材料とする

移転価格税制に関するリスク

海外子会社との取引価格が不適切と指摘された場合の、追徴課税額や二重課税リスクをシミュレーションします。

・リスクの蓋然性に応じて価格調整
・表明保証や補償条項で手当てする

3.1.2 表明保証条項・補償条項への具体的反映

税務DDの結果は、M&Aの最終契約書である株式譲渡契約書(SPA)に具体的に落とし込む必要があります。これにより、発見されたリスクが将来顕在化した場合に、売り手から経済的な補填を受けられるよう法的な手当てを行います。

まず「表明保証条項」では、売り手に対し、対象会社の税務申告が適正であること、税務調査で重大な指摘を受けていないことなどを表明させ、保証を求めます。

税務DDで特に懸念が特定された項目については、「過去の役員退職慰労金の損金算入時期は適正である」といったように、一般的な内容に留まらず、個別具体的な表明保証を盛り込むことが重要です。

さらに、リスクが顕在化する可能性が高いと判断される事項については、「特別補償条項」を設定します。これは、表明保証違反の有無にかかわらず、特定の税務リスク(例:現在係争中の税務訴訟、DDで特定された移転価格リスクなど)が現実となった場合に、売り手が買い手の損害を補償することを約束するものです。

補償の範囲、上限額、期間などを明確に定めることで、買い手は偶発的な債務から保護されます。

外注専門家は、法務アドバイザーと連携し、税務DDの結果をこれらの契約条項に正確かつ買い手にとって有利な形で反映させるための具体的な文言案を提示します。

3.2 PMIフェーズでの税務統合支援

M&Aは契約締結(クロージング)で終わりではありません。むしろ、その後のPMI(Post Merger Integration:経営統合プロセス)こそがM&A成功の鍵を握ります。税務DDを外注した専門家は、DDで得た対象会社への深い理解を基に、PMIフェーズにおける税務面の統合をスムーズに進めるための支援を提供できます。

3.2.1 税務申告スケジュール・体制の統合

M&A後、買い手企業と対象会社は一つの企業グループとして税務申告を行っていく必要があります。税務DDを担当した専門家は、対象会社の決算期、申告書の作成プロセス、顧問税理士との関係、社内の税務ガバナンス体制などを把握しているため、効率的な統合計画の立案が可能です。

具体的には、以下のような支援が期待できます。

  • 決算期の統一またはそれに伴う申告スケジュールの調整
  • 両社の経理・税務部門の役割分担と業務フローの標準化
  • 申告ソフトや会計システムの統合に関する税務上の留意点のアドバイス
  • DDで明らかになった税務コンプライアンス上の課題(例:消費税のインボイス制度への対応遅れなど)の改善計画策定

これらの統合を早期に実現することで、グループ全体の税務業務の効率化とコンプライアンスレベルの向上を図ることができます。

3.2.2 グループ通算制度・税効果会計の導入支援

対象会社をグループに迎え入れることで、新たな税務戦略の選択肢が生まれます。その代表例が「グループ通算制度」です。

グループ通算制度は、完全親子関係にある企業グループ内で各社の所得と欠損を損益通算できる制度です。例えば、買い手企業が黒字で対象会社が赤字(繰越欠損金を持つ)の場合、この制度を適用することでグループ全体の法人税負担を軽減できる可能性があります。

税務DDを担当した専門家は、対象会社の繰越欠損金の状況や収益性を踏まえ、グループ通算制度導入のメリット・デメリットをシミュレーションし、最適な意思決定をサポートします。

また、連結決算における「税効果会計」も重要な論点です。M&Aに伴い発生する「のれん」の税務上の取り扱いや、対象会社が持つ繰延税金資産の回収可能性の再評価など、複雑な会計・税務判断が求められます。

DDを通じて対象会社の将来の収益計画や一時差異の内容を精査した専門家は、会計監査人とも協議の上、適切な会計処理を支援することができます。

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4. 税務デューデリジェンス外注の成功事例と失敗回避策

税務デューデリジェンスの外注は、M&Aの成否を左右する重要な意思決定です。専門家の知見を最大限に活用し、M&Aを成功に導くためには、過去の事例から学び、陥りがちな失敗を未然に防ぐことが不可欠です。

本章では、外注先の選定から実務上の連携まで、成功事例と失敗回避策を具体的なチェックリストとともに詳説します。

4.1 外注選定の基準と契約時の留意点

適切な専門家を選定できるかどうかは、税務デューデリジェンスの品質に直結します。単に知名度や規模で選ぶのではなく、案件の特性に合致した専門性、費用対効果、そして成果物の品質を多角的に評価する視点が求められます。

4.1.1 業界知識・国際税務対応力の評価

対象会社が属する業界特有の税務慣行や、グローバル展開の有無によって、必要とされる専門性は大きく異なります。これらの専門知識の有無が、潜在的リスクの発見精度を大きく左右します。

【成功事例】
製造業のM&A案件において、当該業界のサプライチェーンと会計実務に精通した税理士法人を選定。その結果、業界特有の棚卸資産の評価方法に起因する過去の申告誤りを発見できました。

このリスクを金額換算し、買収価格の引き下げ交渉に成功しただけでなく、PMI(M&A後の統合プロセス)における税務体制の改善計画にも具体的に反映させることができました。

【失敗事例】
海外に複数の子会社を持つIT企業の買収案件で、国内税務のみを専門とする事務所に依頼。移転価格税制やタックスヘイブン対策税制に関するリスク評価が不十分であったため、M&A成立後に海外子会社が所在国税務当局から巨額の追徴課税を受け、想定外の損失を被る結果となりました。

外注先選定時の専門性評価ポイント
評価項目 確認すべき具体的な内容
業界への知見 対象会社の業界(例:製造、IT、小売、不動産)におけるM&A税務DDの実績数
業界特有の会計処理や税務論点(例:工事進行基準、ソフトウェアの資産計上)に関する知識
国際税務対応力 海外子会社・支店に関する税務DDの経験
移転価格税制、外国子会社合算税制(CFC税制)に関する専門家の在籍
クロスボーダーM&Aにおけるタックスストラクチャリングの提案能力
担当チームの専門性 公認会計士、税理士などの有資格者の構成比率
プロジェクトを主導するパートナーやマネージャーの経歴と実績
類似案件の担当経験
4.1.2 費用対効果と成果物品質の事前確認

外注費用は重要な検討要素ですが、金額の多寡だけで判断するのは危険です。提示された費用でどのような品質の調査と報告書(成果物)が得られるのか、その費用対効果を慎重に見極める必要があります。

【成功事例】
複数の候補先から見積もりを取得し、単価だけでなく、想定される工数、調査範囲、報告書の具体性について詳細なヒアリングを実施。契約前に報告書のサンプルを提示してもらい、リスクの指摘だけでなく、その金額的インパクトの算定や具体的な対応策まで踏み込んでいるかを確認しました。

結果として、最も費用対効果の高い提案を行った専門家を選定し、M&Aの意思決定に直結する質の高い情報を得ることができました。

【失敗事例】
見積金額が最も安価だったという理由だけで外注先を決定。提出された報告書は、税務申告書のレビューに終始した形式的な内容で、潜在的リスクに関する具体的な指摘や金額的評価が欠けていました。

そのため、価格交渉や契約書の表明保証条項に活かすことができず、デューデリジェンスの目的を十分に達成できませんでした。

契約前には、報酬体系(タイムチャージ制か固定報酬制か)、追加調査が発生した場合の料金、報告書の形式や報告会の有無などを書面で明確に合意しておくことが、後のトラブルを避ける上で極めて重要です。

4.2 外注活用で失敗しないための実務チェックリスト

優れた専門家を選定しても、依頼者側の協力体制や情報提供が不十分では、デューデリジェンスの品質は低下してしまいます。外注先との円滑な連携を確立し、その能力を最大限に引き出すための実務上のポイントを解説します。

4.2.1 情報開示のタイミングと範囲管理

税務デューデリジェンスには、対象会社の機密性の高い財務・税務情報が不可欠です。情報の開示は、迅速かつ網羅的に行う必要がありますが、同時に情報漏洩リスクの管理も徹底しなければなりません。

VDR(ヴァーチャルデータルーム)を活用し、アクセス権限を適切に管理しながら、専門家が必要とする資料を体系的に整理して提供することが効率的です。専門家からの質問には、社内に専任の担当者を置き、迅速に回答できる体制を整えることが、調査のスピードと精度を高める鍵となります。

4.2.2 税務調査対応力とフォローアップ体制の確認

税務デューデリジェンスは、報告書を受け取って終わりではありません。発見された税務リスクは、PMIフェーズで適切に管理・解消していく必要があります。また、将来の税務調査で論点となる可能性もあります。

そのため、外注先を選定する際には、デューデリジェンス後のフォローアップ体制についても確認しておくべきです。例えば、PMIにおける税務統合支援や、将来の税務調査における意見聴取や立会いのサポートが可能かどうかは、長期的な視点で非常に重要な評価ポイントとなります。

以下のチェックリストを活用し、外注活用の実務における抜け漏れを防ぎましょう。

税務デューデリジェンス外注活用 実務チェックリスト
フェーズ チェック項目 確認内容
事前準備・契約 情報開示準備 過去3〜5期分の税務申告書、総勘定元帳、勘定科目内訳明細書、税務調査関連資料などを準備できているか。
秘密保持契約(NDA) 外注候補先と適切な内容のNDAを締結しているか。
業務委託契約 調査範囲、スケジュール、報告書の形式、報酬体系、免責事項などが明確に記載されているか。
調査期間中 コミュニケーション体制 社内の対応窓口を一本化し、専門家との定期的な進捗確認ミーティングを設定しているか。
情報提供の迅速性 VDRへの資料アップロードや、専門家からの質疑応答(Q&A)に迅速に対応できる体制が整っているか。
売り手側との連携 必要に応じて、売り手側への追加資料請求やヒアリングを円滑に進めるための調整役を担えているか。
調査後・PMI 報告内容の理解 報告会を実施し、指摘された税務リスクの内容、金額的インパクト、対応策について十分に理解できているか。
フォローアップ体制 M&A後の税務統合(PMI)や将来の税務調査に関する相談・支援体制について、事前に確認・合意しているか。
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5. まとめ

M&Aにおける税務デューデリジェンスは、専門家への外注が成功の鍵を握ります。その理由は、複雑化する税務リスクを正確に特定し、客観的な評価に基づいて価格交渉や契約条件へ反映させるためです。

また、M&A後のPMI(経営統合)フェーズにおける税務統合まで円滑に進める上でも専門家の知見は不可欠です。適切な専門家を選定し、戦略的に活用することが、M&Aの価値を最大化する最善の策と言えるでしょう。

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