M&AにおけるデューデリジェンスとPMIの関係性:統合を成功させるための視点

M&Aの成功はPMIで決まりますが、その成否は事前のデューデリジェンスに大きく左右されます。本記事では、多くのM&Aが失敗する原因であるDDとPMIの断絶に焦点を当て、成功の鍵となる「PMIを起点としたデューデリジェンス」の実践方法を解説します。
DDで特定したリスクやシナジーを具体的な統合計画へ落とし込む手法がわかり、M&Aの価値を最大化するための実践的知見を得られます。
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編集者の紹介

株式会社M&A PMI AGENT
代表取締役 日下部 興靖
上場企業のグループ会社の取締役を4社経験。M&A・PMI業務・経営再建業務などを10年経験し、多くの企業の業績改善を行ったM&A・PMIの専門家。3か月の経営支援にて期首予算比で売上1.8倍、利益5倍などの実績を持つ。
1. M&A成功の分水嶺:デューデリジェンスとPMIの関係性を理解する
M&A(企業の合併・買収)の成否は、契約書に調印した瞬間に決まるわけではありません。むしろ、本当の挑戦はクロージング後、つまりPMI(Post Merger Integration:M&A後の統合プロセス)のフェーズから始まります。
多くの企業がM&Aで期待したシナジー効果を得られずに苦しむ中、その根本的な原因は、PMIの前段階であるデューデリジェンス(DD)とPMIの断絶にあることが少なくありません。
本章では、M&Aを成功へと導くために不可欠な、デューデリジェンスとPMIの密接な関係性について掘り下げます。両者を一連のプロセスとして捉え、PMIの成功を起点にデューデリジェンスを設計するという視点が、いかに重要であるかを解説します。
1.1 なぜ多くのM&AはPMIで失敗するのかM&Aが「成功した」と評価されるためには、買収によって1+1が2以上になる、すなわちシナジー効果が創出され、企業価値が向上することが不可欠です。しかし、現実には多くのM&Aが当初の期待値を下回り、「失敗」と見なされています。その失敗の多くはPMIの段階で顕在化しますが、その種はデューデリジェンスの段階ですでに蒔かれているのです。
1.1.1 デューデリジェンスとPMIの断絶が招くシナジー効果の未達伝統的なデューデリジェンスは、対象企業の財務状況や法務リスクを精査し、買収価格の妥当性を検証する「買収監査」としての側面が強いものでした。
このアプローチでは、ディールを阻害するような重大な問題(ディールブレーカー)を発見することに主眼が置かれ、統合後のオペレーションや組織文化といった「ソフトな側面」の分析が手薄になりがちです。
その結果、デューデリジェンスチームが作成した報告書と、PMIを推進するチームが直面する現場の課題との間に大きな溝が生まれます。
例えば、デューデリジェンスで算出されたコストシナジーの理論値は、現場の業務プロセスやシステムの違いを考慮しておらず、PMI担当者がいざ統合に着手すると「絵に描いた餅」であったことが判明するのです。
このように、デューデリジェンスとPMIが分断されていると、シナジー創出の具体的な道筋が描けず、M&Aは期待外れの結果に終わってしまいます。
財務諸表や契約書に現れない「見えざるリスク」は、PMIの進行を著しく妨げる要因となります。これらのリスクは、デューデリジェンスの段階で十分に特定・評価されていないことが多く、統合が始まってから初めて表面化し、深刻な問題を引き起こします。
以下の表は、デューデリジェンスで見過ごされがちなリスクと、それがPMIフェーズでどのように顕在化するかの例を示しています。
| デューデリジェンスで見過ごされがちなリスク領域 | PMIフェーズで顕在化する具体的な問題 |
|---|---|
| 組織文化・風土 | 意思決定のスピード感の違いによる業務停滞、コミュニケーション不全、優秀な人材のモチベーション低下と離職。 |
| 人事制度・処遇 | 評価制度や報酬体系の格差に対する従業員の不満が噴出。キーパーソンが処遇への不満を理由に競合他社へ流出。 |
| ITシステム | 基幹システム(ERP)の互換性がなく、データ連携が困難。システムの統合に想定外のコストと時間が発生し、業務に支障をきたす。 |
| 主要な取引先・顧客との関係 | 買収による方針変更を懸念した重要顧客やサプライヤーが離反し、売上や調達に深刻な影響が出る。 |
| 暗黙知・ノウハウ | 特定の従業員に依存していた技術や業務ノウハウが、当人の離職によって失われ、事業継続が困難になる。 |
これらのリスクは、M&Aの成否を左右する極めて重要な要素であり、デューデリジェンスの段階でいかに深く掘り下げられるかが問われます。
1.2 M&Aを成功に導く「PMI起点」のデューデリジェンスとはM&Aの失敗確率を下げ、成功の確度を高めるためには、デューデリジェンスの目的そのものを捉え直す必要があります。それが「PMI起点」のデューデリジェンスという考え方です。
これは、M&Aの最終ゴールである「統合後の企業価値向上」から逆算し、その達成に必要な情報を収集・分析するためにデューデリジェンスを実施するというアプローチです。
「PMI起点」のデューデリジェンスは、従来の「守り」の監査機能に加えて、PMIを円滑に進めるための「攻め」の準備活動という役割を担います。単にリスクを発見するだけでなく、そのリスクにどう対処し、いかにしてシナジーを最大化するかという視点が求められます。
| 視点 | 従来のデューデリジェンス(買収監査) | PMI起点のデューデリジェンス(統合準備) |
|---|---|---|
| 主目的 | ディールブレーカーの発見、買収価格の妥当性評価、リスクの洗い出し(減点方式) | 統合計画の策定、シナジー創出機会の特定、統合リスクへの事前対策立案(加点方式) |
| 時間軸 | 過去から現在までの実績や潜在リスクの評価が中心 | クロージング後の未来を見据え、統合後の姿(To-Beモデル)を描くための情報収集 |
| 成果物 | リスク評価報告書、価格交渉の材料 | リスク評価に加え、具体的な統合課題リスト、PMI計画(100日プラン)の骨子、シナジー実現のアクションプラン |
このようにデューデリジェンスの目的を再定義することで、M&Aプロセス全体が統合後の成功という一つのゴールに向かって、より有機的に連携するようになります。
1.2.2 統合後の価値最大化(バリューアップ)を見据えた調査項目PMI起点のデューデリジェンスでは、財務・法務といった伝統的な領域に加え、事業、組織、人事、ITといった多岐にわたる領域を、統合後の視点から深く調査する必要があります。調査すべきは「現状(As-Is)」の静的な情報だけでなく、統合によって「どう変化させられるか(To-Be)」という動的な可能性です。
具体的には、以下のような調査項目が重要となります。
- 事業・オペレーション領域:両社の強みとなる技術や製品を組み合わせた新商品開発の可能性、重複する販売網や製造拠点の統廃合によるコスト削減効果の試算、サプライチェーン統合におけるリスクと効率化の余地。
- 組織・人事領域:両社の意思決定プロセスの比較分析、キーパーソン(経営幹部、技術者、トップセールス等)の特定とそのリテンションプランの検討、企業文化の差異が統合後の従業員エンゲージメントに与える影響の評価。
- IT領域:主要システムの互換性評価と統合シナリオ(片寄せ、新規導入等)の策定、データ移行の難易度とコストの見積もり、サイバーセキュリティ体制のギャップ分析。
これらの調査を通じて得られたインプットは、後のフェーズで策定されるPMI計画の精度を格段に高め、統合後の価値最大化、すなわちバリューアップを実現するための強固な土台となるのです。
【関連】デューデリジェンスの事業リスク調査で成功に導く全手順!M&A成功への羅針盤2. M&Aディール前半戦:デューデリジェンスで強化するPMIの関係性と準備
M&Aのプロセスにおいて、デューデリジェンス(DD)は単なる買収対象企業のリスクを洗い出す「監査」活動にとどまりません。M&Aの真の成功、すなわち統合後の価値最大化を実現するためには、デューデリジェンスをPMI(Post Merger Integration)の「準備」段階と位置づけ、両者を密接に連携させることが不可欠です。
この章では、ディールの前半戦であるデューデリジェンスの段階で、いかにしてPMIの成功確率を高めるための情報を収集し、計画に結びつけていくか、具体的なアプローチを解説します。
事業デューデリジェンスは、対象企業の事業モデルや市場での競争優位性を評価するだけでなく、統合後のオペレーションが円滑に進むかを検証する絶好の機会です。
ここでは特に、PMIで大きな課題となりやすいサプライチェーン、販売網、そしてITシステムに焦点を当て、デューデリジェンスで確認すべきポイントとPMIへの繋げ方を詳述します。
買い手と対象企業のサプライチェーンや販売網を統合することで、大きなシナジー効果が期待できます。しかし、その裏には複雑な課題が潜んでいるため、デューデリジェンスによる早期の課題発見がPMIの成否を分けます。
単純なコスト削減効果だけでなく、事業継続性に関わるリスクも評価する必要があります。
| 調査領域 | デューデリジェンスでの主な調査項目 | PMIにおける統合計画への反映 |
|---|---|---|
| サプライチェーン |
|
|
| 販売網・顧客基盤 |
|
|
現代の企業経営においてITシステムは事業の根幹をなしており、その統合はPMIの中でも特に難易度が高く、多大なコストと時間を要するプロジェクトです。デューデリジェンスの段階でIT資産を正確に評価し、統合の方向性を見極めることが、PMIの遅延や失敗を防ぐ鍵となります。
特に、会計、販売、生産、在庫管理などのデータを一元管理する基幹システム(ERP)は、両社のシステムが異なっている場合、統合のハードルは一気に高まります。
例えば、一方がSAP、もう一方が国産のERPパッケージを利用している場合、どちらかのシステムに片寄せするのか、並行稼働させるのか、あるいは全く新しいシステムを導入するのか、早期に方針を決定する必要があります。この判断を誤ると、業務プロセスの混乱やデータの不整合を招き、期待したシナジー効果を得ることはできません。
| 評価項目 | 確認すべき具体的な内容 | PMIへの影響と検討課題 |
|---|---|---|
| 基幹システム(ERP) | 利用しているERPのベンダー、バージョン、カスタマイズ(アドオン)の有無と内容、保守契約 | 統合方式(片寄せ、新規導入等)の決定、データ移行の難易度とコストの見積もり、業務プロセス標準化の必要性 |
| ITインフラ | サーバー環境(オンプレミス/クラウド)、ネットワーク構成、セキュリティポリシー、BCP/DR(事業継続計画/災害復旧)対策 | インフラ統合のロードマップ策定、セキュリティレベルの統一、不要なIT資産の廃棄計画 |
| IT人材・組織 | 情報システム部門の要員数、スキルセット、外部委託先の管理状況 | 統合後のIT組織体制の設計、キーとなるIT人材のリテンションプラン、スキルギャップを埋めるための育成計画 |
M&Aの成功は、最終的に「人」と「組織」が円滑に融合できるかにかかっています。人事デューデリジェンスは、人件費や退職給付債務といった財務リスクの把握だけでなく、統合後の組織を動かす人材の確保や、両社の文化的な衝突を最小限に抑えるための重要な情報を得るプロセスです。
この段階での深い洞察が、PMIにおける人材流出の防止と組織の一体感醸成に直結します。
M&Aの発表後、対象企業の優秀な人材が将来への不安から流出してしまうことは、買収価値を大きく損なう重大なリスクです。デューデリジェンスを通じて、事業の継続と成長に不可欠なキーパーソンを特定し、彼らをつなぎとめるためのリテンションプランを早期に検討することが求められます。
同時に、両社の人事制度(等級、評価、報酬)のギャップを正確に把握することも不可欠です。制度の違いは、従業員の不公平感やモチベーション低下に直結します。デューデリジェンスで得られた情報をもとに、PMIでどのような人事制度を構築すべきか、その方向性を議論し、統合にかかるコストや時間を事前に見積もっておく必要があります。
| 制度項目 | デューデリジェンスでの分析ポイント | PMIにおける統合計画への反映 |
|---|---|---|
| 等級・役職制度 | 等級定義、昇格要件、役職と権限の関係性の違い | 統一的な新人事制度の設計、従業員の格付け(マッピング)作業の準備 |
| 評価制度 | 評価基準(成果主義/能力主義)、評価プロセス、評価者 | 新評価制度の設計と導入計画、評価者トレーニングの必要性の検討 |
| 報酬制度 | 給与テーブル、賞与の算定方法、インセンティブプラン、退職金・年金制度 | 報酬水準の調整シミュレーション、人件費への影響分析、従業員への説明プランの策定 |
組織文化(カルチャー)は目に見えにくく、定量的な評価が難しい要素ですが、PMI失敗の最大の要因とも言われています。意思決定のスピード、リスクに対する考え方、コミュニケーションのスタイル、顧客への向き合い方など、両社の根底に流れる価値観や行動様式の違いを、デューデリジェンスの段階で可能な限り可視化することが重要です。
カルチャーの評価は、経営層へのインタビューや従業員へのアンケート(実施可能な場合)、社内規定や経営理念の読み込みなどを通じて行われます。例えば、トップダウンで意思決定が速い企業と、ボトムアップで合意形成を重視する企業とでは、統合後の会議の進め方一つとっても軋轢が生じます。
こうしたカルチャーギャップを事前に把握することで、PMIの初期段階で実施すべきコミュニケーション施策(タウンホールミーティングや合同ワークショップなど)を具体的に計画でき、従業員の相互理解を促進し、円滑な統合の土台を築くことができるのです。
3. M&Aの成功を具体化する:デューデリジェンスの発見事項とPMIの関係性を計画に落とし込む
デューデリジェンス(DD)は、対象企業のリスクを洗い出す「買収監査」の側面だけでなく、M&A成立後の統合プロセス(PMI)を成功に導くための「設計図」を作成する重要な機会です。
DDで得られたインプットを具体的なアクションに落とし込まなければ、M&Aの価値を最大化することはできません。この章では、DDの発見事項を統合計画へと昇華させ、円滑なPMIを実現するための推進体制を構築する具体的な方法論を解説します。
M&Aのクロージング(取引成立)後、速やかに統合効果を創出し、混乱を最小限に抑えるために策定されるのが「統合計画(インテグレーションプラン)」であり、特に初期の重要なアクションをまとめたものを「100日プラン」と呼びます。
この計画の精度が、PMI全体の成否を大きく左右します。DDで得られた情報は、この100日プランを策定するための最も重要なインプットとなります。
DDの過程では、財務や法務上のリスクだけでなく、事業運営、人事、ITシステムなど、多岐にわたる課題やリスクが特定されます。
これらを単なる「発見事項リスト」で終わらせず、「誰が」「いつまでに」「何を行うか」を明確にした具体的なアクションプランに転換することが不可欠です。これにより、PMIフェーズで問題が顕在化し、対応が後手に回る事態を防ぎます。
例えば、以下のようにDDの発見事項をアクションプランへと具体化していきます。
| DDにおける発見事項(例) | PMIにおける潜在的リスク | 100日プランにおけるアクション | 担当部署(分科会) |
|---|---|---|---|
| 主要取引先との契約書にチェンジ・オブ・コントロール(COC)条項が存在する | M&Aを理由に契約を解除され、売上が大幅に減少するリスク | クロージング後、速やかに対象取引先へトップが訪問し、関係継続の同意を取り付ける | 営業、法務 |
| 対象企業のキーパーソン(開発責任者)のエンゲージメントが低い | PMIの混乱期にキーパーソンが退職し、技術的優位性が失われるリスク | 個別のリテンションプラン(報酬、役職など)を策定し、クロージング前に合意する | 人事、経営企画 |
| 買収側と対象企業の基幹システム(ERP)に互換性がない | システム統合が遅延し、業務効率化やデータ連携によるシナジー創出が阻害されるリスク | システム統合のロードマップ(短期・中期)を策定し、当面のデータ連携方法を確立する | IT、経理 |
| 簿外債務(未払残業代)が存在する可能性が示唆されている | クロージング後に偶発債務が顕在化し、想定外のキャッシュアウトが発生するリスク | 労務実態の再調査を実施し、債務額を確定させ、引当金を計上する | 経理、人事、法務 |
M&Aの目的は、多くの場合「シナジー効果」の創出による企業価値の向上です。このシナジーが計画通りに実現できているかを客観的に評価するため、KPI(重要業績評価指標)の設定が不可欠です。
DDで得られた定量・定性情報(例:重複する管理部門の人員数、両社の購買品目と単価、販売チャネルの重複度など)は、現実的かつ挑戦的なKPIを設定するための重要な基礎データとなります。
設定すべきKPIには、主に以下のようなものが挙げられます。
- コストシナジーに関するKPI:共同購買による調達コスト削減額、管理部門統合による人件費削減率、拠点統廃合による不動産コスト削減額など。
- 売上シナジーに関するKPI:クロスセル・アップセルによる売上増加額、新規顧客獲得数、販路拡大による市場シェア向上率など。
- 財務・経営効率に関するKPI:統合後の営業利益率、ROA(総資産利益率)、従業員一人当たり売上高、運転資本の削減日数など。
これらのKPIは100日プランに組み込み、定期的に進捗をモニタリングすることで、計画と実績の乖離を早期に把握し、必要な軌道修正を行うことが可能になります。
3.2 PMI推進体制(PMO)の構築と情報連携PMIは全社を巻き込む複雑なプロジェクトであり、強力なリーダーシップと部門横断的な連携が求められます。そのため、M&Aの統合実務を専門に推進する組織としてPMO(Project Management Office)を設置することが一般的です。
PMOは、統合計画全体の進捗管理、各部門間の調整、経営層へのレポーティングなど、PMIの司令塔としての役割を担います。
DDは通常、経営層やディール担当者など限られたメンバーで進められます。しかし、PMIを実際に遂行するのは現場の各部門です。DDで得られた重要な情報、特にPMIに直接影響を与える「重要発見事項(Key Findings)」が、DDチームからPMO、そしてPMIを担う各部門の担当者へと正確かつタイムリーに共有される仕組みを構築することが極めて重要です。
この情報連携が断絶すると、DDで特定されたリスクがPMIの現場で再燃したり、シナジー創出の機会を逸したりする原因となります。
PMOのもとには、通常、機能別の「分科会(ワーキンググループ)」が設置されます。例えば、「人事制度分科会」「ITシステム分科会」「営業分科会」などです。
PMOの重要な役割の一つは、DDの発見事項を分析し、関連する課題を各分科会に具体的に割り当てることです。これにより、各分科会は自らが取り組むべきタスクとゴールを明確に認識し、責任を持ってPMIを推進することができます。
| 分科会(ワーキンググループ) | DDの発見事項に基づく主要課題 | 担当するタスク(例) |
|---|---|---|
| 人事分科会 | 人事評価・報酬制度の大きな乖離、組織文化の違い | 新人事制度の設計と移行プランの策定、キーパーソンのリテンション施策の実行、両社従業員の交流促進イベントの企画 |
| IT分科会 | 基幹システム(ERP)の非互換性、セキュリティポリシーのレベル差 | 短期・中長期のIT統合ロードマップ策定、暫定的なデータ連携方法の構築、セキュリティポリシーの統一化 |
| 経理・財務分科会 | 会計方針の差異、決算プロセスの違い、資金管理方法の非効率性 | 会計方針の統一(J-GAAP、IFRSなど)、月次決算プロセスの統合、グループ資金管理(CMS)の導入検討 |
| 営業・マーケティング分科会 | 顧客層の重複と空白地帯、販売チャネルの相互活用可能性 | クロスセル対象顧客リストの作成とアプローチ計画の立案、ブランド統合戦略の策定、営業部門のKPI統合 |
このように、DDの発見事項を起点として統合計画を策定し、PMOを中心とした実行体制を構築することで、M&Aは初めて「ディール(取引)」から「価値創造」のフェーズへと移行することができるのです。
【関連】デューデリジェンスで企業価値評価を正確に見抜く重要ポイントと手法4. M&Aの価値を最大化する:ディール後のデューデリジェンスとPMIの関係性の継続
M&Aは、契約締結(クロージング)がゴールではありません。むしろ、そこからが真の価値創造のスタートラインです。デューデリジェンス(DD)で得た情報をいかにPMI(Post Merger Integration:経営統合プロセス)に活かし、継続的に価値向上へと繋げていくか。
このディール後のフェーズこそ、M&Aの成否を最終的に決定づける重要な期間です。DDとPMIは断絶したプロセスではなく、M&Aの価値を最大化するための継続的なサイクルとして捉える必要があります。
PMIは、策定した統合計画通りに寸分違わず進むことの方が稀です。市場環境の変化、従業員の反応、予期せぬシステムの不具合など、様々な変動要因が発生します。
そのため、計画と実績を比較し、その差異を分析する「継続的なモニタリング」の仕組みが不可欠です。このモニタリングを通じて、DDで立てた仮説の検証と、必要に応じた計画の修正を行います。
M&Aの買収価格は、将来期待されるシナジー効果を織り込んで算定されます。DDでは、このシナジー効果を「売上シナジー」「コストシナジー」といった具体的な項目に分解し、その前提条件を仮説として設定します。
PMI実行フェーズでは、このDDで設定した前提条件(KPI)が、実際にどの程度達成されているかを定期的に測定し、ギャップを分析することが極めて重要です。
例えば、以下のような項目についてギャップ分析を行います。
| 分析項目 | DDにおける前提条件・仮説 | PMI実行後の実績 | ギャップと考察 |
|---|---|---|---|
| クロスセルによる売上増 | 買収先企業の顧客基盤に対し、自社製品を年間1億円販売可能と想定。 | 実績は年間0.4億円。顧客のブランドスイッチへの抵抗が想定以上。 | 営業担当者へのインセンティブ設計見直しや、共同マーケティング戦略の強化が必要。 |
| 共同購買によるコスト削減 | 主要原材料の共同購買により、年間5,000万円のコスト削減を見込む。 | 実績は年間6,000万円。想定以上のボリュームディスカウントが実現。 | 他の品目にも共同購買を拡大できないか検討。成功要因を他部署へ横展開する。 |
| キーパーソンの貢献 | 開発部門のキーパーソンA氏が残留し、新製品開発を主導することを前提。 | A氏が競合他社へ転職。新製品開発プロジェクトが遅延。 | DD時のリテンションプランの不備が原因。後任者の早急な育成と、他のキーパーソンの待遇見直しが急務。 |
このようなギャップ分析を通じて、計画が順調に進んでいるのか、あるいは問題が発生しているのかを客観的に把握し、迅速な意思決定に繋げることができます。
4.1.2 当初計画の軌道修正と追加的なデューデリジェンスの必要性ギャップ分析の結果、当初策定した統合計画(100日プランなど)が現状にそぐわないと判断された場合、計画を柔軟に修正する勇気が必要です。計画に固執するあまり、より大きな問題に発展するケースは少なくありません。
また、PMIを進める中で、DDの段階では発見できなかった新たなリスクや課題が表面化することもあります。例えば、特定の許認可の引き継ぎに想定外の障壁があることが判明したり、会計処理に重大な誤りが見つかったりするケースです。
このような場合、限定的な範囲であっても、再度調査を行う「追加デューデリジェンス(Post-closing DD)」が必要となることがあります。この追加DDによってリスクを再評価し、PMI計画に織り込むことで、統合後のダメージを最小限に食い止めることが可能になります。
M&Aは一度きりの取引で終わらせるのではなく、その経験から得られた学びを組織の貴重な資産(ナレッジ)として蓄積していくことが、将来の成長に繋がります。成功体験だけでなく、失敗体験や苦労した点も含めて形式知化し、組織全体で共有する仕組みを構築することが重要です。
4.2.1 PMIの教訓を次回のデューデリジェンスのチェックリストに反映今回のM&AにおけるPMIのプロセスを振り返り、「何が上手くいき、何が問題だったのか」「DDの段階で何を確認しておくべきだったか」を具体的に洗い出します。
そして、その教訓を次回のM&Aに活かすために、DDのチェックリストや評価項目を更新していくのです。このサイクルを回すことで、M&Aの精度は着実に向上していきます。
| PMIでの教訓・課題 | 次回のDDチェックリストへの反映内容 | |
|---|---|---|
| 人事制度の統合 | 給与テーブルや評価制度の細かな運用ルールの差異が、従業員の不満を招き統合の障壁となった。 | 【人事DD】規程集の確認だけでなく、主要な職位の従業員へのヒアリングを通じて、人事制度の「実態運用」を詳細に把握する項目を追加。 |
| 法務リスク | 主要取引先との契約書にチェンジオブコントロール(COC)条項があり、取引継続の再交渉に多大な時間とコストを要した。 | 【法務DD】売上上位20社の契約書におけるCOC条項の有無、および事前通知・承諾の要否を最優先で確認する項目を追加。 |
| ITシステム | 基幹システム(ERP)のデータ構造が大きく異なり、データ移行とシステム統合が計画より半年遅延した。 | 【ITDD】システムの互換性評価に加え、主要なマスターデータの構造比較と、データ移行にかかる工数・期間の具体的な見積もりを必須項目とする。 |
近年、事業ポートフォリオの変革や成長スピードの加速を目的として、連続的にM&Aを行う「シリアル・アクイジション」戦略をとる企業が増えています。このような企業にとって、M&Aは特別なイベントではなく、事業活動の一環です。
連続的なM&Aを成功させるためには、DDからPMIまでの一連のプロセスを効率的かつ効果的に実行する組織能力(M&Aケイパビリティ)が不可欠です。今回のM&Aで得た経験を基に、以下のような取り組みを通じて、組織能力を構築していくことが求められます。
- M&Aプレイブックの作成・更新:ディールの初期検討からDD、契約交渉、PMIに至るまでの標準的なプロセス、判断基準、使用するツールやテンプレートなどを文書化した「M&Aの教科書」を作成し、継続的に改善します。
- ナレッジデータベースの構築:過去のディール情報、DDでの発見事項、PMIの成功・失敗事例、活用した外部アドバイザー(証券会社、会計事務所、法律事務所など)の評価といった情報を一元的に管理し、いつでも参照できる状態にします。
- 専門人材の育成:M&Aプロセス全体を俯瞰できる人材や、各分野(事業、財務、人事など)の専門知識を持つ人材を社内で育成・確保し、専門チームを組成します。
これらの取り組みを通じて、M&Aの経験を個人のスキルに留めるのではなく、組織全体の強みへと昇華させることが、持続的な企業価値向上を実現する鍵となるのです。
【関連】デューデリジェンスの外部委託でリスクを回避しM&Aを成功させる方法5. まとめ
M&Aの成功は、デューデリジェンスとPMIを分断せず、一連のプロセスとして捉えるかにかかっています。多くのM&Aが失敗する理由は、デューデリジェンスが単なる買収監査に留まり、PMIとの連携が欠如しているためです。
統合後の価値最大化というゴールから逆算し、デューデリジェンスの段階でPMIの課題を特定・計画に落とし込む視点が不可欠です。この「PMI起点のデューデリジェンス」こそが、M&Aのシナジーを最大化する鍵となります。


